第189話 勝って帰る
今回の話は、アル視点→トーマ視点となります。
次回はアル視点になります。
――――――――――――――――
一方、アキ達がヤカタと相対した頃……。
アルは、巨大な扉の前にいた。
◇
「……皆、わかっているとは思うが、これは本来無謀とも取られる作戦だ」
「ほんと、無謀よね。レイド級のボス相手に、パーティー1つで挑もうって言うんだから」
「しかも1人は本来生産職ってんだから、無茶だよなぁ」
「すまない。……しかし」
「大丈夫ですよ、アルさん。怪我をしたら私が」
「そうそう。それに危なかったら、ジン辺りを盾にしとけば大丈夫よ」
「おいリア! それ、どういうことだよ!」
強敵との戦いの前だというのに、皆は相変わらず緊張感の欠片もない。
今まで強い相手を倒してきた経験や、信頼が……この空気を作ってくれてるのかもしれない。
しかし、1人だけ……。
「スミスさん。大丈夫ですか?」
「は、はいっ! が、がんばります!」
俺の言葉に飛びつくように、スミスさんは言葉を被せてくる。
……これはだいぶ、緊張してるみたいだな。
「いや、そんなに気負わないでくれ。レイドボス相手だ。各個人で出来る事はそんなにない。それよりも、周りをよく見て、パーティーメンバーが何をしようとしているのか、それに対して自分が何を出来るのか。それを気にして戦って欲しい」
「アルさん……」
「それにな、スミスさん。君の全力は……もしかすると、このパーティーで一番高火力かもしれないんだ。だからこそ、叩き込む一瞬を逃さないように」
「俺の、全力……。わかりました」
……ほう。
纏う雰囲気と共に、顔付きが変わったな。
これなら……いけるかもしれない。
「リア、ティキ。調子は問題無いか?」
「えぇ、任せて」
「大丈夫です」
「ジン。最初はいつも通りだ。いけるな?」
「あぁ、任せとけよ」
「スミスさん。最初はジンの後ろに。相手の動きに目が慣れてきたら、安全マージンを取りつつ攻撃に加わってくれ」
「わかりました!」
相手に何が来るかは分からない。
便宜上、水の神殿と呼んでいるあのダンジョンでは、数十メートルに及ぶ大きさの水蛇が出てきた。
今回来ている、風の神殿も……同じような状況になるだろう。
けれど――
「俺たちは、ここを任された」
トーマに……他の仲間達にも。
予想通りならこれで開く、と渡された大量の[風化薬]でここの封印を開き、最下層までたどり着いた。
なら、やらないといけない。
「……勝って帰るぞ!」
決意の言葉に、「おう!」やら「はい!」やら、てんでバラバラな返事が返ってくる。
しかし、皆……思うことは同じだという、確信があった。
◇
「さっき念話した時間から考えりゃ……そろそろ開始やな」
アルにはえらい難しい頼みをしたが……多分、なんとかなるやろ。
他んとこ行っとるやつらもおるって聞いとるし、上手いこといきゃスミスも本気を出せるようになる。
ま、タイミングと運次第やけど。
猿マネ野郎と戦い、縛り上げた後、俺は拠点に急遽設置したPK対策本部に戻ってきていた。
ヤカタに襲われた場所はここなんやけど……もういないみたいやな。
多分、シンシと合流しに行ったか。
「トーマさん。無事でしたか」
「オリオンさんか。ギリギリやったけどな」
「ご無事でなによりです。こちらもヤカタさんが置いていったPKをちょうど殲滅し終えたところです」
「お疲れさん」
正直思っていたよりも、こっちの対応が後手後手や。
一応、主力級がおらんくなったからか、拠点内部のPKは殲滅出来たみたいやけど……それでも分が悪いな。
「ケガ人やら、戦闘不能者はどんなもんや?」
「ケガは初期騒動で生産職の方に10数名ほど。戦闘不能は先ほどのPKとの戦いで、数人出た程度かと。ケガの方は各々が所持していたポーションでどうにかなっていますが……身体よりも、心が少し心配ですね」
「なるほどな……。とりあえずカナエの姉さんと、調薬の代表連れてきてもらえるか?」
「かしこまりました」
オリオンさんは、姿勢良く頭を下げた後、拠点の後方へと走って行く。
気付いたら副官みたいになっとるけど……特に指名したつもりもないんやけどなぁ……。
まぁ、楽でええけど……。
「トーマさん、オリオンさんに呼ばれましたが……」
「お、カナエの姉さん。すまんな」
「いえいえ、大丈夫ですよ。……それでどんなご用件ですか?」
「あぁ、ちと酷な依頼を出しても……ええか?」
「えぇ、お任せください」
「なら遠慮なく頼むわ。……アキが戻ってくるまで、拠点全域に雨を降らせといてくれ。出来れば小雨やなくて、それなりに強めで頼むわ」
「雨……ですか? 大丈夫ですけど……どうして?」
「なんとなく、その方がええと思うんよ。頼む」
俺の言葉に納得したような、とりあえず理性で抑えたのか……微妙な顔をしながらも、姉さんは魔法を発動した。
拠点全域似対して長時間の魔法。
正直、それに伴う精神疲労は半端ないはずや。
「けど、どうしてもやっとかなあかん」
これ以上好きにさせんためにも、打てる手を打っておく。
そのための、雨。
……俺の予想通りなら1つ、策を潰せるはずや。
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