第189話 勝って帰る

 今回の話は、アル視点→トーマ視点となります。

 次回はアル視点になります。


――――――――――――――――


 一方、アキ達がヤカタと相対した頃……。

 アルは、巨大な扉の前にいた。



「……皆、わかっているとは思うが、これは本来無謀とも取られる作戦だ」

「ほんと、無謀よね。レイド級のボス相手に、パーティー1つで挑もうって言うんだから」

「しかも1人は本来生産職ってんだから、無茶だよなぁ」

「すまない。……しかし」

「大丈夫ですよ、アルさん。怪我をしたら私が」

「そうそう。それに危なかったら、ジン辺りを盾にしとけば大丈夫よ」

「おいリア! それ、どういうことだよ!」


 強敵との戦いの前だというのに、皆は相変わらず緊張感の欠片もない。

 今まで強い相手を倒してきた経験や、信頼が……この空気を作ってくれてるのかもしれない。

 しかし、1人だけ……。


「スミスさん。大丈夫ですか?」

「は、はいっ! が、がんばります!」


 俺の言葉に飛びつくように、スミスさんは言葉を被せてくる。

 ……これはだいぶ、緊張してるみたいだな。


「いや、そんなに気負わないでくれ。レイドボス相手だ。各個人で出来る事はそんなにない。それよりも、周りをよく見て、パーティーメンバーが何をしようとしているのか、それに対して自分が何を出来るのか。それを気にして戦って欲しい」

「アルさん……」

「それにな、スミスさん。君の全力は……もしかすると、このパーティーで一番高火力かもしれないんだ。だからこそ、叩き込む一瞬を逃さないように」

「俺の、全力……。わかりました」


 ……ほう。

 纏う雰囲気と共に、顔付きが変わったな。

 これなら……いけるかもしれない。


「リア、ティキ。調子は問題無いか?」

「えぇ、任せて」

「大丈夫です」

「ジン。最初はいつも通りだ。いけるな?」

「あぁ、任せとけよ」

「スミスさん。最初はジンの後ろに。相手の動きに目が慣れてきたら、安全マージンを取りつつ攻撃に加わってくれ」

「わかりました!」


 相手に何が来るかは分からない。

 便宜上、水の神殿と呼んでいるあのダンジョンでは、数十メートルに及ぶ大きさの水蛇が出てきた。

 今回来ている、風の神殿も……同じような状況になるだろう。

 けれど――


「俺たちは、ここを任された」


 トーマに……他の仲間達にも。

 予想通りならこれで開く、と渡された大量の[風化薬]でここの封印を開き、最下層までたどり着いた。

 なら、やらないといけない。


「……勝って帰るぞ!」


 決意の言葉に、「おう!」やら「はい!」やら、てんでバラバラな返事が返ってくる。

 しかし、皆……思うことは同じだという、確信があった。



「さっき念話した時間から考えりゃ……そろそろ開始やな」


 アルにはえらい難しい頼みをしたが……多分、なんとかなるやろ。

 他んとこ行っとるやつらもおるって聞いとるし、上手いこといきゃスミスも本気を出せるようになる。

 ま、タイミングと運次第やけど。


 猿マネ野郎と戦い、縛り上げた後、俺は拠点に急遽設置したPK対策本部に戻ってきていた。

 ヤカタに襲われた場所はここなんやけど……もういないみたいやな。

 多分、シンシと合流しに行ったか。


「トーマさん。無事でしたか」

「オリオンさんか。ギリギリやったけどな」

「ご無事でなによりです。こちらもヤカタさんが置いていったPKをちょうど殲滅し終えたところです」

「お疲れさん」


 正直思っていたよりも、こっちの対応が後手後手や。

 一応、主力級がおらんくなったからか、拠点内部のPKは殲滅出来たみたいやけど……それでも分が悪いな。


「ケガ人やら、戦闘不能者はどんなもんや?」

「ケガは初期騒動で生産職の方に10数名ほど。戦闘不能は先ほどのPKとの戦いで、数人出た程度かと。ケガの方は各々が所持していたポーションでどうにかなっていますが……身体よりも、心が少し心配ですね」

「なるほどな……。とりあえずカナエの姉さんと、調薬の代表連れてきてもらえるか?」

「かしこまりました」


 オリオンさんは、姿勢良く頭を下げた後、拠点の後方へと走って行く。

 気付いたら副官みたいになっとるけど……特に指名したつもりもないんやけどなぁ……。

 まぁ、楽でええけど……。


「トーマさん、オリオンさんに呼ばれましたが……」

「お、カナエの姉さん。すまんな」

「いえいえ、大丈夫ですよ。……それでどんなご用件ですか?」

「あぁ、ちと酷な依頼を出しても……ええか?」

「えぇ、お任せください」

「なら遠慮なく頼むわ。……アキが戻ってくるまで、拠点全域に雨を降らせといてくれ。出来れば小雨やなくて、それなりに強めで頼むわ」

「雨……ですか? 大丈夫ですけど……どうして?」

「なんとなく、その方がええと思うんよ。頼む」


 俺の言葉に納得したような、とりあえず理性で抑えたのか……微妙な顔をしながらも、姉さんは魔法を発動した。

 拠点全域似対して長時間の魔法。

 正直、それに伴う精神疲労は半端ないはずや。


「けど、どうしてもやっとかなあかん」


 これ以上好きにさせんためにも、打てる手を打っておく。

 そのための、雨。

 ……俺の予想通りなら1つ、策を潰せるはずや。

 

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