第178話 鬼までは殺せまい

 今回の話は、リュン視点となります。

 次からはまたアキに視点がもどります。


――――――――――――――――


 土煙の中を気配だけ頼りにして、一気に抜ける。

 ウォンからの指示は2つだけ。

 爆音を鳴らして目を引き、アキが待避するための時間を稼ぐ。

 それともう1つ……。


「許可が出たのじゃ。存分に、暴れさせて貰うぞ!」


 使う武器は何でも良い。

 持ってきた斧でも、その辺に転がっている石でも、木でも……気絶した敵でも構わない。

 ただ本能のままに攻め続け、士気を奪い、敵を殺る。


「――!」


 背後の的が何かを叫んでいたが、それすらもじきに止まる。

 楽しいのぅ……楽しいのぅ……!


「儂を楽しませろ! この程度ならその辺の犬の方がやりおるわ!」


 吐き捨てながらも、飛んでくる矢を半身で躱し、代わりに小さい斧をぶん投げる。

 何かが砕ける小気味良い音と共に、気配が1つ消えた。


「な、なんなんだよ、こいつ……!」

「ふむ、何か……とのぅ……? お主はなんじゃと思うかの?」

「知らねぇよ! そんなのっ!」


 目の前に転がったモノへの問いかけは、ノーモーションからの突き上げで返ってくる。


「それで刺せるのかのぅ? 力なきは、悪じゃ」

「が……っ!?」

 

 軽く足を上げ、落ちている石を蹴り飛ばす。

 たったそれだけで、相手の男は軸がぶれ、身体へと向かってきていた刃は、地に落ちて煌めく。


「おーおー、そっちから出向いてくれるとは良い度胸じゃねぇか」

「此度は4対1でござる。さしものお主も怖いでござろう!」

「……お主らか。なんじゃ、御託並べるより、かかって来ると良い」

「はー……。頼むから、ちったぁ粘れよ、クソガキ!」


 男が走り出すと共に、後方で引き絞られていた弓が弾ける。

 同時に左右に控えていた者達も囲むように位置取りを始めた。

 ……ふむ、良い連携じゃ。


「じゃが、足りん」


 多対一の戦いは、上手く一対一の状況を作り上げることに勝機がある。

 しかし、儂にとってはそのような小手先の技術など……必要無い。

 数で力を補うのならば、それを上回る力を叩きつければ良い……!


「動かねぇたぁ……諦めちまったかー?」

「僕らの四方殺法! 逃げ場なんてないですよ!」

「……ふん」


 右から走り込む刃を斧の刃で流し、半歩退がって左からの拳を躱す。

 そこを縫うように胸元へと迫ってきた矢を右足で蹴り上げ、勢いを殺さずさらに後ろへ退がる。


「ふむ……」

「おー、避けるとはやるじゃねぇか。だがそれがいつまで続くかな!」


 声を上げながら突っ込んでくる男達。

 しかし……。


「……つまらんな」


 振りかぶられる目の前の刀の間合い……さらにその奥へと、一歩で入り込む。

 生憎と、顔が付くほどここまでの近さで殴る武器は無いが……、刺すだけなら良い物が手に入っておる。


「――ッ!」

「射る腕は悪いが、鏃は良いものじゃ。おかげで……軽く首が貫通するのぅ」

「チィッ!」

「まて、逸るなでござる!」


 リーダー格がやられたことで焦ったか、拳を振り上げ……男が迫る。

 じゃが、いかんせん直情的過ぎるのぅ……。


「儂はもう少し落ち着いたやつが好みじゃて。……あぁ、男は好かんぞ」


 右手のストレートを左手で受け流し、掴むようにしてクルリと一回転。

 さて、そこは儂がさっきまでいたところでの……。

 仲間からの叱責で、頭はよう冷えるじゃろう?


「ぐぅ!?」

「す、すまない!」


 さて……殺せてなくとも、これで2人目。

 ハリネズミ状態であれば、動くのもキツかろうて。


「ここは一旦退くでござる!」

「はぁ!? ここまでやられといて逃げるんですか!?」

「忍びたるもの、生き残るのが最重要でござる。……あんなおっかないのとは、拙者やりたくないでござるよ……」

「……クソッ! リーダーも死んじゃってるし、仕方ないですね」


 おや、逃げるのか。

 ……まぁこの程度なら、アキの方へ行っても問題あるまい。


「……しかし、やはり戦は相対してこそ、面白みがあるのぅ。惜しむらくは、変わり果てたこの身じゃがの」

「でも全然余裕そうじゃない。リュン」

「張り合いが無さ過ぎるだけじゃ。これなら犬どころか、道端の蟻の方が手こずるわ」

「あらあら。蟻だって象を殺すことがあるのよぉ?」

「ふん。象が殺せようと、鬼までは殺せまい」

「それもそうね。……はい、差し入れ」


 フェンはそう言って、インベントリから取り出した瓶を儂に差し出してくる。

 開かないようにしてあるのか、厳重に口を布と糸で縛ってある。

 しかし……フェンやウォンが差し入れなぞするわけが無い。


「……アキか」

「あら、わかっちゃった? 愛かしら」

「阿呆。お主らが差し入れなぞする訳がないじゃろ? とすれば、アキしかおるまい」

「照れなくても、今は女の子なんだから良いじゃない」

「……まだ儂には割り切れぬよ。儂も、この子もな」

「この子ってあなた……。まぁいいわ。あの人も定着までには時間がかかるって言ってたし、そのうち馴染むでしょ?」

「だと良いがのぅ……」


 アキとの違いは、現実であっても儂はすでに女子おなごであるということ。

 すなわち、この眼に映る白い手も、近い地面も……反響する甲高い声も、全てがそのままの儂でしかない。

 

「ほら、リュン。気を抜かないで」

「あ、あぁ。分かっておる」


 今はまだ違和感を感じられる。

 しかし、それが無くなったとき……儂は儂のままで、いられるのじゃろうか?


「そういえばリュン」

「なんじゃ?」

「ここのボスって、どこにいるのかしら」

「……お主が昨日、聞き出して確認したんじゃろう? 長い髪を持った女じゃ、と」

「そうなんだけど……女なんて、ここにはリュンとアキちゃんくらいしかいなかったのよぉ?」

「のぅ、フェン……ウォンはどこじゃ?」

「え? たしかさっき物陰に隠れるって……」

「ウォンも、お主と同じくボスの情報は知っておっても、顔は知らん。だからこそ、早急に探し出すためお主も自由に動かさせた」

「えぇ、そうね……?」

「そのお主ら2人が見つけられぬということは……ここにいない可能性が高い」


 そして、決行前に動いたやつらの中にはボスがいなかった。

 つまり……


「あのタイミングで、一緒に抜けたんじゃよ。ここをな」

「それって……!」

「アキを追うぞ! フェンはウォンを探せ!」

「分かったわ!」

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