第179話 行ってこい

「誰……そこにいるの」

「……アキ」


 僕の問いかけに対して、相手はなぜか小さく僕の名を呼ぶ。

 誰かは分からない。

 けれど、なんとなく誰かが分かる気がして、僕はゆっくり前へと進んだ。


「なんでいるの……?」

「待ってたから」

「待ってたって……」

「今度は来てくれた。良かった……」

「うぐ……」


 その言葉に、あの森の出来事を思い出す。

 あの日は、待っててって言ったのに……結局行けなかったから……。


「その、ラミナさん。その……」

「いい。大丈夫」

「え、でも」

「姉さんが待ってる」

「……分かった」


 短いながらも、僕を動かすには充分過ぎる答え。

 だから僕は、先を進むラミナさんに対して何も言わず、ただその背中を追うことにした。


「……アキ」

「ん?」


 静かに数分走ったところで、こちらを振り向くことなく、ラミナさんが僕を呼ぶ。

 周りを意識してか、小さく呟いた程度だけど、僕の耳にはしっかりと声が届いた。


「どうしたの?」

「1人は……ダメ」

「……ごめん」

「違う。ラミナが……嫌」

「え?」

「みんな、勝手にいなくなる……嫌」

「ラミナさん……?」


 速度は落とさず、森の中を抜けていく。

 だからこそ、ラミナさんの背中しか僕には見えなくて……その言葉の意味を理解することが出来なかった。


「アキちゃん! ラミナ、こっちこっち!」

「姉さん、声が大きいです」

「あっ! あはは……」


 森の切れ目までもう少しといったところで、僕らに声がかかる。

 その声の方向に目を向ければ、いつもの槍は持たず、木陰に隠れるようにしてハスタさんが立っていた。


「ハスタさん! お待たせしました」

「大丈夫だよー! 無事脱出出来たみたいでよかったー!」

「えぇ、おかげさまで……。でも、なんで2人が?」


 案内の人を用意してくれたのは、ウォンさんのはず。

 でも、2人がウォンさんと知り合いとは……ちょっと考えにくいかな……。

 2人共、露店とか確認しなさそうな感じだし。


「昨日、フェンさんが来て、アキちゃんが捕まってるって教えてくれたの」

「だから、来た」

「ホントは拠点の防衛に当たる予定だったんだけど、そのことをなんだっけ……金髪の人に話したら、行ってこいって」

「そっか、フェンさんから……。それに金髪って……多分トーマ君?」

「あ、そうそうその人。なんだか今日辺りにPKが来るかもしれないからーって、色んなことしてたよ」


 その話はウォンさんから聞いた気がする。

 でも、トーマ君……あんまり目立つの好きじゃなさそうだったのに……。


「アキ、姉さん。話は、戻りながら」

「あ、うん。そうだね」

「この2日でね、拠点がすごい変わったんだー! アキちゃんも驚くよー!」

「そうなんだ。ちょうど完成前に捕まっちゃったから、楽しみかも」

「建物、いっぱい」


 2人の話を聞きながら、まだ見えない拠点に想いを馳せる。

 たった2日のことなのに、なんだかすごい離れてしまった気がするよ。


「おや、ヤカタから念話だ。姫、すまない」

「あ、はい」


 もう、念話が繋がるところまで逃げられてたみたいだ。

 それだったら、僕もトーマ君たちに連絡しとこうかな!


「……あれ? 繋がらない……ノイズはそこまで酷くないし、できないってわけじゃなさそうなんだけど……」

『……アキ』

「あっ、トーマ君! よかったー、繋がった。ラミナさん達と合流して、そっちに向かってるよー」

『すまん、しくじった……』

「……え?」

『ヤカタは……敵だ』

「アキッ!」


 トーマ君が何を言ったのか、理解するよりも先に、僕の身体が前へと引っ張られる。

 直後、背後で響く甲高い音。

 それを確認するように、後ろを振り向くと……ラミナさんの盾に突き立てられた大きな針。

 ……ねぇ、なんでそれを……あなたが持ってるの……?


「シンシ、さん……」

「ふむ。完全に刺したと思ったのだが……中々速いね、君」


 キンッ……と鉄と鉄が触れるような音を立てながら、シンシさんは少し後ろへと下がる。

 僕を守るように、盾を前に構えたまま、ラミナさんはシンシさんから目をそらさない。

 盾と言っても片手に付くようなサイズであって、覆う範囲はそこまでなく、少しでもズレれば、簡単に突破されてしまう。

 それに、シンシさんの武器は針……それこそ点を突くような攻撃を、連続して繰り出してくる。

 ……ラミナさんじゃ、分が悪い。


「アキ……少しずつでも逃げて」

「で、でも」

「逃げてくれた方が……戦いやすい」

「――っ!」


 それはつまり……僕がいると確実に足手まといだと、いうこと。

 確かに、守りながら戦うよりも、目の前の相手に集中して戦う方が戦いやすいだろうし、僕が戦いに対して何か出来ることも多分無い……。


「アキちゃん! こっち!」

「おや、姫。逃げますか?」

「よそ見、禁止」


 僕を呼ぶハスタさんの方へ逃げようとすると、シンシさんは僕めがけて何かを投げてくる。

 それを間に入ったラミナさんが弾き、シンシさんの動きを止めるために彼女は一気に間合いを詰めた。


「ふむ、女の子に好かれることは慣れていてね。でも、私は……追われるより追う方が好きなのさ」

「行かせない」

「……仕方ないな」


 少しだけ苦笑しながら、シンシさんが左手を真上へと持ち上げる。

 それを僕が確認すると同時に、僕の後方……ハスタさんのいる辺りから、武器を抜くような音が聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る