第180話 スペシャリスト

 シャラ……と、鉄の擦れるような音が聞こえ、僕の後方……ハスタさんの方へと振り返れば、道を塞ぐように立つ3人の男女。

 男性1人に女性2人……それぞれが武器を片手に、僕らの前に立ち塞がっていた。


「これって……」


 そうだ、確かシンシさんは、シンシさんを含めてパーティーメンバーが4人って。

 その残りの3人も、シンシさん側だとするなら……。


「シンシさんは、元から……」


 自分の意思で……ここに来ていた。

 つまり、あの会議の時に見せた姿も……全て嘘だった……?


「シンシ……さん……」

「ふふっ。そうですよ、姫。その表情かお……それが見たかった」

「なにを、言って……」

「可愛らしい顔が、恐怖や絶望で歪む。それは現実では中々見ることができない……美しい表情だ。やはり良い……」

「……最低」


 まるで物語に出てくる騎士みたいに格好良くて、ちょっとキザで……でも、優しくて、頼りになるお姉さん。

 そんなシンシさんの顔が……酷く歪む。

 シンシさん……そんな……。


「おやおや。確か……ラミナさんだったかな? あなたには嫌われてしまいましたか」

「……」

「しかし、姫を護ろうとするその姿勢。素晴らしく格好良く、一途な行為だ」

「……黙って」

「そんな眉間に皺を寄せていては、せっかくの美しい顔が台無しだ。もっとリラックスが大事ですよ」

「黙って!」


 あ、怒った。

 そうとしか取れないほどの気迫を声に乗せ、ラミナさんは一気に飛び出す。

 しかし、そうなるように仕向けていたんだろう……シンシさんはその歪んだ笑みを崩すことも無く、彼女の眼前に切っ先を置いた。


「ッ!」


 飛び出すように誘われていたことくらい、彼女にも分かっていたことだと思う。

 だからこそ、その切っ先を即座に剣で払い、勢いを落とさずさらに一歩奥へ。

 でも、それすらも……


「……足下が疎かですね」


 その声が僕の耳に届いたと同時に、目の前のラミナさんが低く沈んでいく。


「何……」

「おや、知っていたはずでしょう? 私は、裁縫師。糸と針のスペシャリストですよ?」


 そう言いながら、手の上で光る球を転がして、僕らに見せてくる。


「これは糸玉です。もっとも普通の糸ではなく、森の蜘蛛が使う糸をさらに加工しているものではありますが。先ほど私の仲間を呼んだ際に、同時に左右の木に針を飛ばしておきました。もちろん他にも数本ほど」

「っ!?」


 最悪なことに、時間も場所も悪すぎる……。

 この流れを想定していたんだろう。

 切れ目が近いと言っても、まだ森はもう少し先まで続いていて、なおかつ、木が多すぎて太陽の光が届かない。

 こんな場所じゃ……どこに糸が張られてるか、わかんないぞ……。


「このままゆっくりと楽しみましょう。ヤカタが合流するまで……」

「ヤカタさんが、合流するまで……?」

「えぇ、拠点を落とし、燃やし尽くした後で、こちらに合流するとのことですから。その時は、一緒に燃える拠点を見ましょうね。姫」

「そんな、こと……」

「あぁ、もちろん……姫以外はいりません。さっさとご退場していただかなければ」


 張り付けていた笑みを戻し、シンシさんは淡々とそう……言い放つ。

 じり……と、僕の足下から音が鳴る。

 逃げようにも……動けない……。

 ハスタさんは、シンシさんの仲間3人に囲まれ、動くことも難しい。

 ラミナさんも、糸のせいで動きが制限されている……。


「このままじゃ……!」


 今膠着状態なのは、シンシさんや、その仲間の3人が動いてこないからだ。

 つまり、動いた瞬間……一気に僕らは不利になる……!


「それは困るでござるなぁ」

「――ッ! 2人とも伏せて!」


 場にそぐわない、暢気な声が聞こえた瞬間、僕の直感を何かが刺激した。

 それに従うように、2人へと指示を出して……腰を一気に下げる。

 直後、僕らの頭上を……ラミナさんの剣ほどの大きさの何かが、回転しながら飛んでいった。

 張られていた糸と、シンシさんの仲間達を切り裂きながら。


「――忍法、手裏剣の術。……その子らは、拙者らの獲物でござるよ。手を出すな……と、うちのリーダーは言うでござろう」

「あの人は悪趣味ですが、その辺は律儀というか、なんというか……妙にPKらしくないと言うか」

「それ故に共にいるのであろう? 拙者も、お主も」

「えぇ、残念なことにその通りです」

「まことに同意でござる」


 森の奥……木陰からゆらりと2人の影が姿を現す。

 ……いや、忍法って誰か分かるけど、なんで……?


「どうして助けたんですか?」

「助けたわけではないですよ。君たちは、僕らの獲物というだけ。……もし他の人に殺されてるところを見ていた、なんてリーダーに知られたら、僕らが死にます。間違いなく」

「ま、そういうことでござる。さすがに今、お主らに手を出す気はないでござるよ。……あの赤い鬼の餌食は嫌でござるし」

「赤い……鬼……?」

「そ、そんなことより、今のうちにさっさと逃げるでござる。ここは拙者らが時間を稼ぐでござるよ」


 忍者さんはそう言って、戻ってきた大きな手裏剣を右手で持ち、身体をねじるように、右腕を後方へと回した。

 なるほど、手裏剣の中心に穴があけてあるんだ……だから、そこを持って……。


「アキちゃん!」

「……アキ」

「っ、うん!」


 ラミナさんが退がり、僕の手を引いて走り出す。


「姫……っ!? 「忍法・風魔手裏剣の術!」……チィッ!」


 そんな僕らを追わせないためか、忍者さんの投げた手裏剣は、シンシさんの行動を阻むように間を抜ける。

 それと同時に、矢がハスタさんの前方……シンシさんの仲間の3人に刺さった。

 ……やっぱりこの人達……強い……!

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