第177話 腹も減らん

 今回の話は、ウォン視点となります。


――――――――――――――――


 走り去るアキ達の背中を確認しつつ、手渡された薬品をひとまずインベントリへとしまう。

 ……息を止めてってことは、劇物か?

 そんなもんを軽く渡すとは……あいつ、見た目によらずクレイジーだな。


「さてと、あっちはどうなってるか」


 男と2人で逃げた、そんな風にいつもなら念話で軽く連絡することも、ここでは出来ない。

 これも<PK>スキルの影響だ。

 スキルは基本的に、その行動がしやすくなる、という考えで設定されている。

 例えば俺の持ってる<隠密>は、行動や存在を感知させにくくする方向で働く。

 ただし、スキルがあるからと言って、自分で何もしなければ、意味は無い。

 あくまでも補助……しかし、こと<PK>についてはこの補助がかなり面倒くさい。


「一定範囲の念話阻害、多少の気配遮断、それと……」


 独り言を呟きながらもリュン達の方へ足を向け……おもむろに腰の武器を抜く。

 直後、右手で適当に抜いた棒へと衝撃が走る。


「対人に対しての威力増加、か」

「俺の存在に、よく分かったな! さぁ俺と戦お「あー、そういうの良いんで。俺、本職じゃないんでさ」」


 そう答えながら、右手の棒にかかる圧力を軸に、半回転。

 直後、棒を手から離し、バランスが崩れた相手の横顔を左手でぶん殴った。


「――ッ!?」

「だから、さっさと終わらせる。自分の仕事じゃ無いところに、時間なんて使ってられるか」


 突然の反撃に反応しきれずに倒れた相手の手首を、破壊する勢いで踏み潰す。

 どんなにVRでスキルを上げようと、関節は人でしか無い。

 相手の強さも、何も分からないからこそ、狙うべきは数カ所のみ。


「それじゃ、しばらくおねんねしてなっ!」


 痛みに跳ね上がった顔を蹴り上げ、流すように地面へと叩きつける。

 この程度じゃ、どうせHPは全損しない。

 けど、度重なる頭へのダメージで、意識くらいは刈り取れるはずだ。


「全員がこの程度なら楽なんだがな」


 だだそうなら、すでに表の喧噪は静かになってるはずだ。

 そうじゃないってことは、少なくても2、3人……こいつより強い奴がいるってことだろう。


「面倒くさいことこの上ないな、全く」


 武器代わりの棒を地面から拾い上げ、元々差してあった場所に戻す。

 しっかしあの攻撃で、よく曲がらずに済んだもんだぜ。

 これ、鉄をただ丸い棒に仕上げただけの、鉄筋みたいなもんなんだが……。


「ま、どうでもいいか。こちとら戦闘は専門外ってな。荒事はあいつらに任せとけば良いんだよっ……と」


 倒れてる敵を踏まないように避けつつ、ゆっくり戦場に近づいていく。

 聞こえてくる声は……男の断末魔と、狂喜を感じる女の声だけ。

 あー……こりゃひでぇ……。


「あら、ウォン。アキちゃん達の方は終わったの?」


 道中、別の仕事を任せていたフェンが俺へと声を掛けてくる。

 ここで合流するってことは、すでに仕事は終わったってことだろう。


「ま、こちとら交渉して壁壊すだけの簡単なお仕事だからな。余裕過ぎて、腹も減らんぜ」

「ってことは、依頼……貰ったのね?」

「おう、存分に暴れてもOKだぜ」

「ならミーも行くわ。あなたはどうせ戦わないんでしょう?」

「あいにく、専門外だからな」


 「もう……」と、呆れた顔を見せながも、フェンは手で払うような仕草を見せる。

 それに肩をすくめつつも、体で言われた通り、俺は物陰へと足を向け……インベントリを開いた。


「そういえば、嬢ちゃんからリュンに差し入れだ。持ってってくれ」

「何かしら?」

「さぁな。ただ、いざって時に使えってよ。確か……息を止めろって言ってたから、毒じゃないか?」

「毒って……アキちゃん。またとんでもないモノを作ったみたいね……」


 アキから受け取ったモノを、そのままフェンへと渡す。

 こいつならリュンの近くまで行けるだろうし、大丈夫だろう。

 そう1人で結論付けて、フェンへと背を向ける。


「ま、精々死ぬなよ」

「えぇ、お互いに」

「俺は戦わないからな」

「巻き込まれて死ぬなんて、一番ダサい死に方ねぇ」

「……善処する」

「ふふ。それじゃあね」


 何がおかしいのかわからないが、少し笑ったような声を残し、フェンもまた歩き出す。

 さて、そろそろ嬢ちゃんも案内役と合流しただろうし、俺の役目はここまで。

 あとはリュンが適当に暴れてくれたら、どうにでもなるか。

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