第175話 名乗る名などない

「そんな……僕が……」


 僕と一緒にいたばかりに、みんなが……。

 僕が、僕が全部……。


「――ッ!」


 耳元で音が弾けた。

 それと同時に、頬が熱く……いや、これは痛み……?


「落ち着いてください。姫」

「……え?」

「失礼を承知で、頬を叩かせていただきました。申し訳ございません」


 あぁそうか……。

 この痛みは、頬を手で叩かれたからか……。


「姫が少々……いえ、大分取り乱しておいででしたので。お声おかけしましたが反応も無く、荒療治を取りました」

「ん、大丈夫。ありがとうございます……」

「いえ、こちらこそ。思いのほか強く叩いてしまい、申し訳ございません」


 捕らわれた部屋の中、2人向き合って頭を下げる。

 その光景がなんだかおかしくて、少しだけ気が楽になったと共に、以前アルさんと森に行ったときのことを思い出した。

 あの時もたしか、鹿に出会って取り乱して……アルさんに水を掛けられたんだっけ。


「……成長しないな。僕も」

「姫?」

「ううん、なんでもない。それより、ここからのことを考えよう」


 頷いたシンシさんと共に、扉から静かに離れる。

 また何かされても困るし……。

 それに、この後の相談を聞かれても困るから。


「ここなら見えにくいかと。念のために姫は私の影に隠れるように」

「うん。ありがとう」

「いえ……。それよりもあいつらですが……離れないとなると厄介ですね」

「そうだね……。でも、さっき言ってた通り、僕の友達を狙う予定なら絶対に離れるタイミングはあると思うんだけど……」

「それが、当初狙っていたタイミングとずれると難しいですね」

「うん……」


 もし交代するような形で離れるってことになると、元々狙っていた手薄な時間を狙うってことも出来ない。

 かといって、今無理矢理出たとしても、あの4人を相手するのは……。


「勝たなくてもいい……。逃げられれば……」

「最悪、姫だけでも逃げる方法はあります」

「……それって」

「えぇ、姫も分かってる通り……私が姫を殺すことです。そうすれば、姫は拠点で復活出来る」

「そうだけど……それじゃシンシさんが……」


 仮にそれで戻れたとしても、残ったシンシさんが何をされるかわからない……。

 それに、すぐに復活出来るわけじゃないし、復活直後はあの筋肉痛。

 正直、本当にどうしようも無いときの最終手段……だなぁ。


「その手段を取らなくて済むように考えましょう。僕はシンシさんに、必要だったとはいえ、人を殺して欲しくない」

「姫……ですがそれでは」

「うん。今の状態だったら無理」


 扉の向こうの4人がいなくなるか、もしくは何か別の手が降ってこない限りは……。

 最初の1回、一瞬だけなら怯ませる方法はある。

 けど、それも対応されたらどうしようもない……。


「せめて、誰か協力者が……」

「結局そうなりますね……」

「なるほど。それなら問題ないな」

「……ん?」


 妙案が出ず凹む僕の後ろ……壁の向こうから何か声が聞こえた気がする。

 もしかして誰かがいるの?


「お前、アキで間違いないな?」

「そう、だけど……あなたは?」

「名乗る名などない……が決め台詞だったんだが、今はウォンって名乗ってるぜ。久しぶりだな」

「会ったことありましたっけ……?」


 記憶を掘り返してみても、そんな名前の人とは出会ったことがない。

 この声も、なんだろう……知ってる人に似てるような気がするけど、なんだかみんな違う気もするし……。


「アキ、俺らに依頼をしないか?」

「依頼?」

「そこから出て、拠点に戻るためのサポートって依頼さ」

「――ッ!」

「俺らならそれが可能だ。……ただし、対価は貰うが」


 ……依頼?

 それに俺らってことは、複数人いるってこと……?


「……対価って何を出せば良いの?」

「何でも。それを正当と思えばその分だけの仕事をするぜ。もちろん足りなければそこまでの仕事しかしないが」


 つまり、お金なら金額。

 アイテムなら希少性なんかが対価の価値になるってことかな……?

 でも、今の僕にそんなモノはない……なら……。


「……終わった後に何か1つ、僕に出来る限りで要求を飲むよ。それでどう?」

「姫!? それは……!」

「シンシさん、静かに。表の人に気付かれる」

「ぐっ……すみません」

「それで、どう? 受けてもらえる?」


 正直、これで断られたら、これ以上の手はない。

 だから僕は虚勢を張るように、震えそうになる声を抑えて、彼へと届けた。

 それに多分……僕の予想通りなら、他の仲間は僕も知ってるはずだから。


「っふ、クク……。あぁ、いいぜ。交渉成立だ」

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