第171話 お前の役目は

 今回の話は、トーマ視点となります。

 次からは、またアキに視点が戻ります。


――――――――――――――――


「あいつ、何してんだ?」


 視界の端に見える姿に、俺は急ぐ足を止めた。

 薄紅の髪を風になびかせ、拠点の裏の方へと向かっていくアキの姿が見えたからだ。


「一緒にいんの……あん時のやつやんか」


 そう気付くと同時に、妙に気分がざわつく。

 ……不味いことになんじゃねぇか?


「作業場に向かうんはスミスに任せっか。それよかこっちのが危ねぇ」


 念話で短く事情を話し、つま先で地面をねじるように向きを変える。

 確かアキはこっちの方に……。


「おったおった」


 新しく建てられた木像の建物の角を曲がり、日陰になっている裏側で、その姿を視界に捉える。

 そこですぐ飛び出すのもどうかと思い、一旦見えないように屋根の上へと音を立てず飛び乗った。


「……で、謝罪って?」

「あー、そうだよ。ほら、お前らもでてこいって」


 盗み見るように見ていた先で、軽薄そうな笑みを浮かべたまま男が手を振ると、男の後ろから4人ほど人が現れた。

 ……気配が読めなかった?

 そう思うほどに……確かに見ていたはずの場所から、浮かび上がるように人影が現れたように見えた。


「なんや……あいつら……」

「ハインディング。<PK>ってスキルを持ってると、やりやすくなる技術だぜ。しかし、こうも予想通りとは」

「――ッ!?」


 突如真横に現れた影に驚き、息を呑むと同時にその場を飛び退く。

 幸い音を立てずに飛べるほどの理性は残っていたが……誰だ。


「ははっ。まぁ、驚くだろうな。……久しぶり、トーマ」

「……誰だ?」

「おいおいおいおい、忘れられるのは寂しいぜ? そりゃこのゲームでは初対面だけどよ」

「……もしかして名無し、か?」

「正解だ。さすがトーマ」

「お前も相変わらずだな」


 こいつは、誰かに説明できるような特徴がない。

 強いて言えば、普通すぎるのが特徴というやつか。

 何をやらせても平均的。

 得意も無ければ苦手も無い。

 ただし、その気配が普通過ぎて、気付いたらその場に溶け込んでいて、気付けない。

 違和感を探すことでしか見つけられない、異常なまでの普通すぎる存在。


「名無し、ここで何をやってる」

「おっとトーマ。このゲームじゃ名無しじゃないぜ。ウォンって名前にしてる。そっちで呼びな」

「……よく似た名前を知ってるが、知り合いか?」

「ご明察。ビジネスパートナーさ」


 名無し……ウォンは、よくありふれた声で、よくありふれた笑顔を見せる。

 口調も話のテンポも、あの頃……以前別のゲームで組んでいた時と全く変わらない。

 だからだろうか、どうにもこいつの前では口調が作りにくいのは。


「そんなことよりも、トーマ。あの子が危ないぞ」

「なっ!?」

「ただ、飛び出すなよ? いくらお前でも、あの数じゃ無理だぜ」

「いや、けど」

「いいから。今は何があっても堪えろ。お前の役目はこっちじゃないんだ」

「……俺の役目?」


 その呟きに、ウォンは小さく頷いて、視線を下へと落とす。

 動きに釣られるように地面へと見下ろせば……アキが背後から殴られ、意識を狩り取られていた。

 そして、殴った男に身体を担ぎ上げられ……。


「……クソが」

「落ち着け、トーマ」

「落ち着いてなんてっ!」

「良いから黙れ。あの子については心配いらない。運ばれる場所も、状況も、すでに把握済みだ」

「……っ! 分かったよ……!」


 立ち上がったまま歯を食いしばり、わざとゆっくりと息を吐く。

 そのおかげで少しだけ落ち着くことができた俺は、音を立てないようゆっくりと屋根へ腰を下ろした。

 もうすでに、あいつらの姿は見えない。


「教えろ。どういう状況だ」

「PK連中が、この拠点を襲う算段を付けてる。あの子を狙ったのは、生産連中の支柱を砕くのと、怨恨だろうぜ」

「片方は分かるが、怨恨?」

「あぁ、そっちはうちの2人が手を貸した件だ。トーマも知ってるだろ? 森でPKに襲われたって話」

「アレか。詳しくは聞いてないが……」

「あの子の拉致依頼をNPCに受けてたみたいだな。ただ、抵抗されて失敗扱いになり、違約金やら評価低下なんか色々あったらしいぜ?」


 なるほど、それで怨恨か。

 正直、PK共の自業自得だが……PKってのはプライドが高いやつも多い。

 そんなやつらが、たかが生産職の女の子ひとり攫うこともできないってのは……まぁ、評判は下がるな。

 NPCだけじゃなく、特にPK連中には馬鹿にされるだろうよ。


「それで、俺の役目ってのはなんだよ」

「あぁ、お前はこっちの防衛をどうにかしてくれ。あの子のパーティーメンバーってことなら、まだ話も聞いてもらえるだろうし」

「……仕方ねぇな。りょーかい。大体いつくらいになりそうなんや?」

「あー、人が多いタイミングを狙うだろうし、今週末だと思うぜ?」


 週末……今日が金曜だから、明日明後日!?

 待て待て、早すぎんぜ……!?


「さすがに明日明後日ってのはきつくねーか!?」

「人が多い時間を狙うだろう。じゃないとPKにうまみがないからな」

「つーことは……夕方から夜にかけて、か」

「ああ。それに暗い方があいつらに取っては有利だ」


 ……つくづく面倒な相手だな。

 ってことは、俺はそれまでに話を付けて、防衛の準備か。

 間に合う……か?


「なぁに、お前なら出来るだろ」

「はっ。簡単に言いやがるな」

「当たり前だろ? トーマ、お前だから任せれるんだぜ」


 ウォンは、当たり前のように軽い声で、俺にそう言い放つ。

 やっぱりお前は俺を、そうやって信頼してくれるのか。

 あれからもう数年以上経ってるってのに、変わらずに。

 まるで、アキみたいだな……なんて思って、少しだけ笑いそうになる。


「りょーかい。……任せとけよ」

「ああ。こっちは任せたぜ」

「その代わり」

「分かってる。あっちは俺らに任せろ」


 その言葉に、「はっ」と鼻で笑いながら、お互いに軽く手を叩き合わせる。

 ……やれんことはない。


「……俺、だからな」

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