第170話 避けないと

「ボス、ですか?」

(ああ。どうにもそんな感じだ)

「その……無茶はしないでくださいね?」

(わかってる。ポーションにもまだ余裕はあるが、厳しければ撤退も視野に入れている。っと、時間だ。また後で)

「はい。頑張ってください!」


 僕の言葉を締めに、頭からノイズが消える。

 どうやらアルさん達は順調にダンジョンを進んで、ボスの部屋らしき場所に着いたらしい。

 そこまで出てきた敵は、蛙やアメンボのような水辺の生物ばっかりみたい。

 ってことは、ボスもそんな感じなのかな……?


「まぁ、アルさん達なら大丈夫かな。んー、僕の方はなにしようかなぁ……」


 念話のあったアルさんたちは探索。

 オリオンさんたちは、拠点設営の手伝い……。

 あ、トーマ君の方はどうなったんだろ?


「アキさん!」

「……ん?」


 トーマ君へと連絡を取ろうとした僕の耳に、遠くから呼ぶような声が飛び込んでくる。

 咄嗟に、その声の主を探そうと顔を動かした僕の目に、なにやら慌てた様子の男性が見えた。


「あ、アキさん!」

「な……なんでしょう?」

「なんかお客さんっす! アキさんの名前知らなかったみたいっすけど」

「お客さん? よくわかんないけど、どこにいるの?」


 「入口っす! 案内します!」と僕の疑問に元気な声で返し、先導していく。

 それにしても、僕の名前を知らないのに、なにか用って……どういうことなんだろ……?


「アキさん、あちらの人っす」

「……え」


 考えながら歩いていた僕に、先導していた彼から声がかかる。

 その言葉に顔をあげ、手で示された方を向くと……出来ることなら見たくもない、人が立っていた。


「……何の用ですか」


 無言でいるのも悪いし……出来れば早く終わらせたい。

 そんな想いがあったのか、意図してなかったにも関わらず、いつもより低くて、重い声が僕の口から出た。

 それに驚いたのか、目の前に立つ男性と、案内をしてくれた彼……それだけじゃなく、周りにいた人みんなが僕を見て顔を強ばらせた。


「あー、ちょっと話があってさ」

「……なんですか」

「いや、その……この状態じゃ言いにくいからさ。出てこれない?」

「……」


 トーマ君よりくすんだ金の髪を揺らしながら、軽薄そうな笑みで男性は言葉を紡ぐ。

 出来れば会いたくもない、だから出て行きたくもない。

 ……イベント初日のあの言葉を、許したくもない。


「あ、アキさん……?」

「……アキさん怒ってねーか?」


 睨んだまま、無言を貫く僕……それを取り巻く野次馬の中から、そんな言葉が聞こえた。

 小さく呟くような声。

 でも確かに聞こえたその声は、どんどん波及するように野次馬達の中で広がっていく。

 ……まずい。


「……何の話ですか」

「あー、こないだの件でさ。俺ら言い過ぎたなーって」

「……」

「で、謝ろうにもここじゃきついし、俺の仲間が外で待ってるからさー」


 正直、信用出来ない。

 けど、今ここで何かをしないと、騒ぎが起きるかもしれない……というか、もう起きかけてる。

 こんな状態であの時の話になってしまうと、戦闘プレイヤーさんと生産プレイヤーさんで溝が出来てしまうかも……。

 せっかくみんなが、手分けして拠点を作ろうとしてくれてるのに……。

 そんなことになったら、作業が中断してしまうかもしれない。


「……それだけは避けないと」

「あん?」

「なんでもない。わかったから」

「お、サンキュー。んじゃいこうぜー」


 けらけらと軽く笑いながら、男性は踵を返す。

 その背中を睨みながらも、この状態を収めるため、僕も後を追うように足を前へと動かした。


 この時、トーマ君やオリオンさんに、せめて念話だけでもしておけば、この後起きることが事前に防げたのかもしれない。

 けれど僕はこのとき、そんなことにも気付かないほど、怒りと焦りに囚われてしまっていた。

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