第157話 戦えるか

 雨水が、ゆっくりと溝へ流れ込んでいく。

 逃げ場無く作られた溝は、次第に水が溜まり……突如祭壇が光に包まれた。


「こ、これは……!」


 驚いたアルさんの声と同時に、僕の耳へ低い音が届く。

 ガコッと、まるで何かが外れるような音がして……祭壇が回り始めた。

 ……ちゃんと祭壇から離れてて良かった。


「っはー、こりゃすげぇわ」

「すごい迫力ね……」


 トーマ君もリアさんも、思わずといった様子で、口から声を漏らす。

 でも、それも仕方ないかな……?

 だって僕だって、祭壇が回りながら地下へと下がっていくなんて、思ってもみなかったし。


 祭壇が回り始めてから数十秒ほどで、周囲は落ち着きを取り戻し、祭壇からは光が消えた。

 しかし、危険が絶対無いわけじゃない。

 そう主張してアルさんが1人、最初に元祭壇の場所へと近づくことになった。


「アルー、どうー?」

「問題はなさそうだ。みんな来てくれ」


 アルさんの声に、僕らもゆっくり近づいていく。

 祭壇として見ていたときは気にならなかったけど、こうして穴になると……結構大きい。

 おばちゃんの雑貨屋くらいの建物なら、すっぽり落ちちゃうくらいの大きさだ。


「はーなるほどな、階段か」

「覗き込んでみればわかるが、周囲を回るように一番下まで続いている」

「てことは、降りるしかないんやな」

「そういうことだ」


 2人の会話を聞きながら、僕は穴を覗き見て……咄嗟に後ろへと飛びのいた。

 直後、宙を舞う紐状の何かと、少し酸っぱい臭い。

 これは一体……?


「なるほど。ここのエリアは、こいつらの巣って訳だ」

「それをわかっとるから、他の魔物は近寄らんってことかもな」

「ああ。ひとまず穴から離れよう。穴の中に隠れられたら手が出せない」


 アルさんの指示に頷いて、穴の方を向いたまま後ろへと退がる。

 カナエさんを一番後ろに、僕、リアさんと続く形だ。

 僕はひとまず、インベントリから草刈鎌を取り出す。

 ……たぶん使わないけど。

 

「リアは今回無しだ。地盤が崩れても困るからな」

「それもそうね」

「トーマはまず、相手の戦力確認してきてほしい。……行けるか?」

「人使い荒すぎんで?」

「すまないな。お前にしか頼めないんだ」

「わっとる。そんじゃ行ってくるわ」


 リアさんが構えを解いて、僕の後ろへと退がる。

 そして、トーマ君が穴の中へと飛び込んでいった。

 ……大丈夫かなぁ?


「アキさん」

「は、はい!?」

「……戦えるか?」

「ぼ、僕がですか!?」

「あぁ、アキさんが、だ。もちろんサポートはする。……どうだ?」


 アルさんの言葉に、自然と顔が俯いてしまう。

 思い出すのは、アルさん、トーマ君の3人で森へ行ったあの日のこと。

 結局、僕が勝てたのは……蛇だけだった。

 それも、シルフのサポートがあったおかげ。


「僕は……」

「確かにまだ、強くは無いだろうな」

「っ!」


 非情とも思える彼の声に、思わず体を震わせる。

 そんなこと、僕がいちばん知ってるんだ。

 強くは、無いなんてこと。


「しかし、強くあろう、とはしている。……だろう?」

「……それは」

「なら、負けることを怖がるな。その分、自分の弱さを受け入れて、強くなるための糧にしてほしい」

「糧に……」


 顔を上げた僕に、アルさんが近づき……、背中を押してくれる。

 そして、僕にしか聞こえない声で――


「勝ちたい、そうだろう?」


 ――なんて、呟いたんだ。




 僕の横で、アルさんが大剣を構える。

 それを横目に確認しながら、僕は草刈鎌を握る手に力を込めた。


「……来るぞ!」


 アルさんの声と同時に、穴の縁に何かの足が現れる。

 なんだろう……3本の指……?

 それに、水掻きが……。


「あ、もしかして蛙……」

「だろうな」


 そんな言葉に反応するように、のそり……と穴から身を表したのは、緑色のよく見る蛙。

 ただし、大きさはまるで違う。

 あの口なら、人間の頭くらい飲み込めてしまいそうだ。


「アキさん。いいか、まずは相手の動きをよく観察するんだ」

「はい!」

「最初は、隙があったとしても飛び込まない。罠の可能性もあるからな」

「なるほど」


 そう言いながら、伸ばされてくる舌をアルさんは大剣で払う。

 なんだかんだで、僕のほうに伸びてくるやつまで払ってるのは、やっぱりすごい……。

 

「こいつの方が攻撃は重いが……速度は蜘蛛の方が速いな」

「ですね。アルさんみたいに弾かずに、避けるようにすれば、僕でもなんとかなりそうです」

「その方が良いだろうな。それに、この臭い……酸か?」


 舌が大剣と触れるたびに、ツンとした臭いが鼻に来る。

 臭いに酸味を感じるってことは、酸の可能性もあるけど……。

 でも、アルさんの大剣は、特に変化があるようには見えないけどなぁ。


「鉄は溶けないみたいだが……。一応警戒はしておいてくれ」

「あ、はい」

「もしかすると、人の皮膚や布くらいなら、溶かす可能性もあるからな」


 皮膚や布を溶かす……。

 ……絶対に服には付かないようにしよう、絶対に。


「それで、どうだ? いけそうか?」

「たぶん大丈夫だと思います。……たぶんですけど」


 実際に戦ってないからわからないけど、この速度なら対応できる気がする。

 蜘蛛よりは遅いしね、蜘蛛よりは……。

 そんな風に考えてる僕を見ながら、アルさんはもう一度「戦えるか?」なんて聞いてきた。

 だから僕は、草刈鎌を握り締めて――


「……正直、わかりません。でも、勝ちたいです」


 なんて、あの時と同じ言葉を口にしたんだ。

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