第158話 考えろ

 伸びてくる舌を躱すように、右足を前に半身横へとずらす。

 蜘蛛の糸よりは遅い!

 しかし酸のようなナニカに当たるわけにもいかないし、少し大きめに躱さないと……!


「まずはっ!」


 戻す舌をすくい上げるように、右手に持った草刈鎌を跳ね上げる。

 予想通り、と言うべきなんだろうか……。

 ペチッという軽い音と共に舌がしなり、特に何も無かったかのように口の中へと戻っていく。


「相手が動いている時は、相手の力を利用すればいい」


 僕の後ろから、アルさんが助言してくれる。

 相手の力を……。


「――今ッ!」


 蛙が伸ばしてきた舌先に合わせて、刃を立て……まっすぐ縦に振り下ろす。

 酸が滑る感触と共に、殆ど抵抗無く蛙の舌が割れた。

 しかし、割れた舌から酸が腕へ……!


「あっつぅ!」


 なにかが焼けた音と共に、焦げた臭いが鼻をかすめる。

 痛みを感じた手首を見てみれば、少し溶けた手袋と、火傷のような真っ赤な跡がひとつ。

 どうやらアルさんの言う通り、鉄は溶かさないけれど、布と皮膚は溶かすことが出来るんだろう。


「酸がある限り、迂闊には近づけないね……」


 こんなとき、シルフがいてくれれば……なんて、願ってもしょうがない!

 考えるんだ!

 今、僕に出来ることを!


「考えろ、考えろ、考えろ……!」


 先が切られたことで動きが緩慢になった舌を避けながら、勝つための方法を考える。

 舌は切れた……けど、切ったところでそこまでダメージはなさそうに見える。

 ってことは、胴体部分を攻撃しないと、特に意味が無いってことかぁ。

 退がる僕に合わせるように、ペタペタと蛙は前に歩いてくる……。

 気づけば地面は石ではなく、カナエさんの雨で少しぬかるんだ土に変わっていた。


「切る、叩く、貫く……」


 草刈鎌か木槌か、ノミか……重さで上手く使えない可能性のあるツルハシか……。

 さすがに、借りてる斧を壊したら駄目だろうし……。

 考えながらも、腰のポーチから[最下級ポーション(良)]を引き抜き、無理やり喉へと流し込む。


「にっがぁ……」


 喉を滑り落ちていく苦味に顔を歪ませつつも、空になった瓶をポーチへと戻す。

 すぐに取り出せるポーションは、あと3本。

 でも、出来ればもう飲みたくない……。


「そのためには……」


 まずは、相手の動きをよく観察する……。

 そして、隙だと思っても、迂闊に飛び込まない!

 僕はアルさんみたいに力が強いわけでもないし、トーマ君みたいに動きが速いわけでもない。

 ……だから、僕はあの2人みたいにはなれない。


「だからって……!」


 避けながらインベントリを操作して、ポーチに入れているポーション全てと、草刈鎌をしまう。

 そして、代わりに木槌とノミを取り出して、ポーチへと無理やり詰め込んだ。


 軽くステップを踏むように、退がりながら、僕は更にひとつ……ツルハシを取り出した。

 取り出した瞬間、草刈鎌とは違う、ずっしりとした重みが腕にかかる。

 両手で持っても重たいけれど、これなら……!


「どんなに、弱くたって……!」


 同じように伸ばしてきた舌へ合わせ、すれ違いながら、一気に前へと飛び込む。

 ……まだ、まだ遠い!

 飛び込み過ぎないように、タイミングを見計らってブレーキをかけながら、タイミングを合わせて、また一気に前へと飛び込む。


「負けたいわけじゃ……ないんだ! よ……ッ!」


 伸びきった舌の根元付近を目掛けて、ツルハシを上から叩き込む。

 舌に攻撃してもダメージは無い……そんなことはわかってる!

 だけど、僕が勝つには、この一撃が必要なんだ!


 無理やり地面に叩きつけるように、蛙の舌ごとツルハシを突き刺していく。

 雨のおかげで表面が柔らかくなっていて、思ったよりも深く突き刺さったみたいだ。

 

 しかし、そんなことに気を取られてる場合じゃない。

 すぐにツルハシから手を離し、蛙の方へと駆ける。

 それと同時に、ポーチからノミと木槌を取り出して――


「逃がす、かぁ!」


 蛙の頭のど真ん中を狙って、左手のノミを振り下ろした。

 皮膚に触れた瞬間、ジュッと左手から焦げた臭いが立ち上る。

 けれども、もうそんなことはどうでもいい!

 今はとにかく、このノミを突き入れるだけだ!


「――!」


 自分でも何を叫んでいるのかわからないけれど、ノミごと、左手で無理やり蛙を押さえつけ、右手の木槌を叩き込む。


 ――重要なのは叩く腕じゃなくて、地面に繋がる足をしっかり開くこと!


 ノミの柄尻を叩く甲高い音がして、左手からノミが離れた。

 そして、こだまのように響いた音が耳から消えると同時に、蛙の姿が消えていく。


「……勝てた」


 カラン、とノミが落ちる音が響き、左手に痛みが戻ってくる。

 けれど僕は、そこから動くことも出来ず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。

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