第136話 アキっぽい
僕がみんなのために頑張れることは、ひとつしかない。
なら――
「……母さん」
「んー?」
「ちょっとだけでも良いから、教えて欲しいことがあるんだけど……」
中身のなくなったコップを机に置いて、母さんは僕の方に顔を向けた。
たぶん驚かれそうな気がするんだけど……。
「あのさ……。包丁の使い方、教えてくれない?」
「え? ……どうしたの? いきなり」
予想通りと言うべきか、予想以上だったというべきか……。
母さんは、少し驚いたみたいにキョトンとした表情を浮かべながら、僕の方を見た。
うん、わかってる……わかってるけども。
「その、今やってるゲームで、包丁も使ってるんだ。薬を作ってるんだけど、それで」
「へぇ……。最近のゲームは凝ってるわねぇ」
僕がVRゲームをやってることは言ってあるからか、母さんはすんなりと納得してくれる。
一応未成年だし、VRってまだまだ認知も浅いから、一応ね?
「まぁ、いいわ。あんた今日はもうゲームしないんでしょ?」
「あ、うん。今日はもうやめとくよ。日を置いた方が良い気がするし……」
「なら、今日の晩御飯の支度、手伝いなさい。その時に教えてあげるわ」
「ホント! 母さん、ありがと!」
笑いながらも頷いてくれた母さんに、僕も笑い返し、ホッと胸を撫で下ろす。
僕には戦う技術も、魔法を駆使する力も無いけれど……せめて薬を作ることだけくらいは、本気でやりたい。
……みんなの後ろじゃなくて、横に立つために。
「じゃあ、母さんは買い物行ってくるから。あんたも少しくらい外でも散歩してきなさい。気分変えるには、環境を変えるのも手よ」
「えぇ……、暑いよ?」
「まぁ、騙されたと思って行ってきなさい」
そう言って、母さんは鞄を持って買い物に行ってしまう。
その背中を見送りつつ、僕はため息をひとつ吐いて部屋に戻ることにした。
……着替えないと外に出る服じゃないし。
「んー、確かに少し白い……? 母さんの言う通りかも」
着替えるために部屋着を脱いだ僕は、姿見に写った姿にそんな感想をこぼす。
もちろんゲームの中の女の子な自分に比べれば、まだまだ暗めの色ではあるけど……。
去年焼けてない時ですら、もう少し黒かったような……?
「それに髪もすごい伸びてる……。こんなに伸びてたんだ」
夏休み前までは切ってなかったにせよ、耳に少しかかる程度だった髪は、今となっては耳を完全に隠していた。
身体をひねって確認してみれば、後ろ髪なんて肩甲骨辺りまで伸びてる……。
「こんなに伸びるの早かったっけ……? いつも半年くらいで切ってたけど、ここまで伸びたことなかったと思うんだけど。……あ、そうだ、試しに」
左右両方の髪を一房ずつ掴んで、後ろの辺りに……。
「おぉー……アキっぽい……」
こうやって見ると、ゲームの僕も現実の僕を元にされてるんだってことが分かる。
もちろん、ちゃんと見れば顎の形とか、頬の肉付きとか、ところどころ違うんだろうけど……。
「でもこの髪型、耳のあたりが涼しい……」
耳の周りを覆っていた髪がなくなるからだろうけど、それだけでもかなり違う。
夏場に女の子が髪を上げる理由が分かったかも……。
これは楽……。
「んーでも、なんでこんなに髪が伸びたんだろ……。ゲームのせい? そういえば確か、VRで脳が勘違いするとかってアルさんが言ってたっけ……?」
でも、それで髪が伸びるとか、肌が白くなるとかはないよねぇ……。
アルさんも、体の動かし方とかに影響するかもとか言ってたはずだし。
「それに……、まぁ……あるし?」
確かめるように、手を下着の中に伸ばしてひと掴み。
その指と、その箇所にはしる感触に、今までと変わりないことを確認すると、なぜかホッと息が漏れた。
「……いくらゲームで女の子の身体になってても、さすがにね」
そんな風に言葉に出して、なぜか早鐘を打っていた心臓を落ち着ける。
僕がこっちの世界でも女の子になるなんて、そんなわけがない、当たり前のはずなのに……。
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