第135話 好きな子でも

 じわり……と、まとわりつくような熱を感じる。

 その熱に急かされるように、僕はVR機器を外して、ベッド横のテーブルに置いた。


「……はぁ」


 意図せず出た溜息。

 理由は分かってるけど……、なかなか気持ちは切り替えられない。


「暑い……、飲み物取ってこよう……」


 なんて……落ち込んだ気分を変えようと、僕はわざと声を出して部屋を出た。




「あら、秋良あきら。こんな時間に部屋から出てくるなんて珍しいねぇ」

「母さん……」


 リビングのドアを開ければ、母さんが椅子に座ってのんびりしていた。

 共働きの両親だから、この時間はまだ仕事してるはずなんだけど……。


「飲み物を取りに来ただけだよ。今日、仕事は?」

「今日は休み。あんた宿題はしてる? 大丈夫?」

「うん。その辺は全部先に終わらせてるから」

「そ、なら良いわ。……あんた、髪伸びたねぇ……」

「そう?」


 あっちの世界ではもっと長いから気にしてなかったんだけど、確かに伸びてるかもしれない。

 なんだかんだ、夏休みが始まる前から切っていない髪は、どうやら少しずつ伸びて、気付けば肩に届きそうなくらいになってるみたいだ。

 真っ黒な髪だから、この時期は頭が熱くなるんだよね……。


「それに、なんだか肌も白いし……。身体も細いんだから、ちゃんと食べて、ある程度は日光浴びなきゃダメよ?」

「わかってるよ」


 言うほど細くも白くもないと思うんだけどなぁ……?

 あっちの世界だともっと細くて白いし……、そんなに気にするほどじゃないと思うんだけど……。


「で、どうしたの?」

「ん? 何が?」

「秋良、なんかあったんでしょ?」


 ……なんでこの人は、こういうことは鋭いんだろうか……。

 いつもはもっとボーッとしてて、ちょっと天然入ってる感じの人なのに。


「……別に、なんでもないよ」

「そう? 好きな子でも出来たのかと思ったのに」

「はぁ?」


 何言ってるのこの人……。

 いや、意味は分かるけど、それなら余計に話さないんじゃ……?


「ほら、よくある……好きな人と、仲のいい人と自分の3人で遊んでたら、周りから『何でお前がそいつらと一緒なんだ!』みたいに言われるやつとか……。好きな子を何人かで取り合いになっちゃったりとか……」

「いや、そんなんじゃない……。なんか微妙に近かったけど違う……」

「そうなの? ちぇー」


 ちぇー、じゃないよ!?

 なんでこの人、自分の息子の恋バナというか、修羅場を楽しみにしてるの!?

 いや、恋バナとかじゃないけど!


「……その、さ。仲のいい人達と遊んでたんだけど……、僕ほとんど役に立ってなくて……」

「うん」

「それでも、その人達は一緒にいてくれたんだけど……周りの人に、色々言われちゃったりして。それこそ、さっき母さんが言った『何でお前がそいつらと一緒なんだ!』みたいな感じのこととか言われてさ」

「……む」

「言い返すことも出来なくて、また助けられて……」


 どうして、とか……なんで、とか、いっぱいぐちゃぐちゃで。

 ただ、一番悔しかったのは……僕もそうだ、と思ってしまった事。

 言い返せなかったのは、僕だってそう思っていたって事に気付いてしまったから……。


「んー……。秋良、あのね」

「……うん」

「よくわからない」

「……」


 真面目な顔をして僕の名前を呼んだ母さんは、すごく申し訳なさそうな顔でそういった。

 いや、うん……いいんだけどね……。


「ただ、なんていうのかな。あんた、めんどくさい子だねぇ」

「うぐ」

「良いじゃない、言いたいやつには言わせとけば。ただ、あんたに取ってはそういうことじゃないんでしょ?」

「……うん」


 そう、そんなことは分かってる。

 けど……、それ以上に自分の気持ちが……許せなかったのだ。


「じゃあ後は知らない。あんたが納得できるまで、自分を磨くしかないよ」

「でも……」

「秋良、大丈夫。あんたは出来る子だよ」

「……母さん」

「だって、私の子だもん」

「……一気に信憑性なくなった」

「えぇ!? なんで!?」


 僕の言葉に身を乗り出してくる母さんを見ながら、ゆっくりとお茶を飲む。

 そんな僕を見て、母さんは優しく微笑んでくれた。


 明日、またログインしよう。

 そうしたら、みんなにちゃんと謝って、僕のすることを精一杯やろう。

 なんて、そんなことを思ったんだ。

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