第134話 出直したほうが

 ベシャッ、と地面に突っ込んだ僕から、大猪の音が遠ざかっていく。

 どうやら、まっすぐ逃げて行っちゃったみたいだ。


「いたた……」

「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます……」


 地面に打った鼻頭を撫でながら、空いた手でオリオンさんの手を取る。

 そうして引っ張り上げて貰い、服に付いた砂を叩いて落とした。


「見事なダイブやったな……。こう、ベシャーって」

「と、咄嗟だったんだよ!」


 笑いながら近づいてくるトーマくんに、ちょっとだけ声を荒げる。

 みんな大猪を見てたわけで、つまり僕のアレもみんなに見られてるわけで……。

 ぐぅ……、恥ずかしい……。


「ま、まぁ何事もなくて良かったじゃないか……。元はと言えば、後ろに逃がした俺たちの責任だしな」

「あ、アルさん。お疲れ様です。気にしないでください、気を緩めてた僕が悪いので……」

「そう言ってくれると助かる」

「大猪が倒せなかったのは残念だけど、誰も死んでないですし」

「片方の牙は折ったからな。次会った時はもう1本も折ってやるよ」

「ジン……、折らなくてもいいから倒してよ?」

「お、おう、わかってるって!」


 どうやらアルさん達も武器の片付けが終わったのか、僕の方に来てくれた。

 ジンさん的には倒せなかったのが心残りみたいだけど……。

 僕もあとちょっとだと思ったんだけどね。


「んじゃ、行くで」

「ん? ドコに?」

「どこってそりゃ……拠点やろ。さっき登ったおかげで見えたわ」


 トーマ君は少し得意げに笑い、僕らに背を向ける。

 戦闘中だったのに、抜け目がないというか……。


「一応これも、災い転じて、と言うものなのでしょうか?」

「どうでしょうねぇ……。アキさんにとってはそうなりますが」

「……うぐっ」


 カナエさんに返すオリオンさんの言葉が、心に刺さる。

 確かにみんなダメージらしいダメージもなかったし、痛い思いしたのも僕だけなんだけどさ……。

 なんて、僕はそんな少しだけもやもやとした気持ちを抱きながら、拠点へと向かった。




 森を抜け、少し下り坂になっている場所を10分足らずほど歩くと、空に昇る薄い煙が見えてきた。

 その右奥の方には青い海も見える。

 船は泊まってないけど、多分本土からの資材が運びやすいよう、海に近い場所に拠点を作ってるんだろう。


「しっかし、結構な人数がおるなぁ」

「まぁ、イベント参加プレイヤーが全員この島だし。もっと増えるんじゃないかな」

「こりゃアキも大変やで? ひっきりなしに薬作らんとあかんくなるな」

「えぇ……」


 トーマ君とそんな話をしながら、ゆっくり拠点へ歩いて行く。

 すると、歩いてくる僕らに気付いたのか、入口辺りの人達がみんな僕らの方へ顔を動かした。

 ……なんだか、すごい見られてる……?


「……おい、アレって」

「ってことは、後ろの剣担いでるやつって……」

「金髪……」


 なんだろ……、僕ら注目されてる……?

 そういえば、森でフェンさんにそんなこと言われたっけ?


「なぁなぁ、アンタ薬作ってんだろ?」

「え、えぇ……そうですけど」


 僕の横に、男性が近づいてきて、そんなことを聞いてくる。

 金色の髪はトーマ君よりくすんだ感じの色で……、僕とは多分初対面のはずだ。


「なぁ、どうやってそんなメンバーに潜りこんだんだ? あ、もしかして女の比率多いけど、そーいったこと?」

「……え?」

「いやだって、普通生産職なんかつれてボス行かないじゃん。ってことは、アンタなんかやってんだろ?」

「な、何言って!」

「まぁ、どうせ女の武器みたいなの使って取り入ったみたいなもんなんだろ? あーいいねぇ、楽で」

「い、いきな「……そこまでにして貰おうか」」


 反論しようとした僕を遮るように、僕の前に影が差し込んだ。

 確認しなくても誰だか分かるけど……、いつもと少し声が違った……?


「はっ、ナイト様のお出ましか? 守られて良いご身分だなぁ」

「そこまでにしろと、さっき言ったはずだが?」

「っ! な、なんだよ、ホントの事だろ?」

「あなたがどこで何を聞いたのかは知らないが、アキさんは自分の力でここにいる。たとえ苦しくても、やれる限りのことはやろうとしてきた。それを部外者に批難される筋合いはない!」


 うわぁ……アルさん、怒ってる……。

 アルさんって怒ることほとんどなくて……、それこそ森に2人で行って鹿が現れた時も……全然怒らなかったのに……。


「……アキ、退くで」

「え?」

「今はアルに視線が集中しとる。オリオンさんやスミスらが壁になってくれるみたいやし、今は出直したほうがええ」

「……うん。わかった」


 隣から小声で話しかけてきたトーマ君に頷きつつ後ろに……。

 気付かれないようにゆっくり、ゆっくり……立ち位置を入れ替えながら退がっていく。

 代わりに相手をしてくれたアルさんを置いて、逃げたという罪悪感と……申し訳なさを感じながら、この日僕はログアウトした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る