第78話 大蜘蛛と

「絶対、死ぬな」

『わかってるよ』


 その言葉でアキとの念話が切れる。

 はっきり言って心配しかないんやけど……。


「俺は俺で、やることやらんとな」


 気配察知で察知した敵さんの動きに対して、アキの予想はたぶん正解や。

 糸を使っての分断作戦……つまり、俺らが最初に喰らった罠と同じ。

 問題は誰が狙われるか、なんやけど……これも予想通りやろうな。


「狙いにくいやつよりも、狙いやすいやつ」


 正直、アキを除いて、誰が分断されてもあっちの得や。

 防御の要に、攻撃の要に、遊撃の要。

 誰が分断されようと、大蜘蛛からすれば崩しやすくなる。


「ま、そうやって考えりゃ、アルか姉さんってところやな。俺は動き回っとるし、狙いにくい」


 そうやって絞りゃ、次の手は打てる。

 その辺、アキはよー分かっとるわ。


「アルなら単体でも、大蜘蛛だろうが蜘蛛だろうが死なんやろ」


 ただ、姉さんはそうもいかん。

 近づかれたらキツいんは、初対面の時に分かっとるしな。


「つーて、守りながら戦うんは、相手が悪すぎやで」

「トーマさん!?」


 アルを分断して、姉さん狙いに切り替えた大蜘蛛の前に、滑るように割り込む。

 どうも脚に結んであった糸は、蜘蛛が切ったみたいやし……ギリギリで間に合ったって感じやな。

 大半の蜘蛛はアル達の方。

 その代わり、こっちが大蜘蛛ってことやし……さて、どうすっかな。


「左右の死角を取るんが基本戦術やけど……後ろにおるし、それは悪手か」


 とりあえず気を引くために投げ用ダガーを数本投げる。

 ダメージを取るってよりも、苛立たせる感じでな。


「ひとまず姉さんは、隙を見てアル達の方に雨でも降らしとってや」

「トーマさんの援護は……?」

「大蜘蛛に魔法当てられたら、俺なんか無視してそっち行くで?」

「……わかりました」


 俺の言葉に納得がいったんか、姉さんは大きく頷いてから距離を取る。

 アル達の方は、どうやら繭みたいな感じやし……中からだけやったらキツいはずや。

 少しでも時間を短くせんとな。


「――ッ!」


 振り下ろされる攻撃に、即座に身を翻す。

 とりあえず大蜘蛛のターゲットは俺になったみたいや。

 ひとまずの目的は達成っと。

 そんじゃま……ちと付き合ってもらうで?


「シッ!」


 鋭く息を吐き、両手のダガーを逆手に持ち替えて――一気に距離を詰める。

 普段の戦い方やったら押し負けんのは確実や。

 やから、俺は俺の・・戦い方で。


「つーて、時間稼ぎにしかならんけどな」


 ダガーを使い、振り下ろされた前脚の関節をほぼ同時に斬りつけ、怯んだところを一歩前へ。

 大蜘蛛の顔を蹴り飛ばして、その反動で距離を取る。


 ダメージは与えられん戦い方やけど、苛立たせることだけはできる。

 一発喰らえばヤバい……ヤバいからこそ、苛立たせて相手の動きを単調に誘う。

 っても、後ろには姉さんもおるし、無茶な攻めはできん。

 攻め時と引き時を見極めつつ、ダガーを投げたり、蹴り飛ばしたり、時に避けたり、受け流したり。

 右に飛んでは左に退がり、時折フェイント交じりに懐に入っては、ダガーを叩きつけてまた避ける。

 詰めては退がり、引いては攻める……前後だけではなく、左右に上下を混ぜた八方で、相手の攻め手を潰す。


「相手取るんは、難しくない。……時間を稼ぎ続けるんは無理やけどな」


 横目で繭の方を見れば、姉さんのおかげか、多少壁が薄くなっとる。

 しかし、アキやアルの姿はまったく見えん。

 こりゃ……まだ時間かかりそうやな……。


 手に持ったダガーにはヒビが入りはじめとるし……投げ用ダガーの残りは数本程度。

 投げに使っとるダガーは軽い分、耐久力に難がある。

 蜘蛛くらいなら数回受けることはできるが、大蜘蛛相手には1発もたんやろうなぁ……。

 もう少しくらいは受け流しの練習しとくべきやったか。


「ま、嘆いたところで意味がない。やるだけやったるわ」


 残りの投げ用ダガーを一気に投げ、それを囮に懐に踏み込む。

 大蜘蛛の頭に少し刺さった投げ用ダガー目がけて蹴りを入れ、深く押し込むと共に右手のダガーで斬りつけた。

 反撃とばかりに繰り出された前脚を左手のダガーで受け流しつつ、その場からの離脱を試みる。


 しかし、大蜘蛛もそこから逃がす気はないんか、受け流された脚を引き、逆の前脚を抱え込むように動かしてきた。

 速度的に受け流しはキツい、かといって大きく避けりゃ、姉さんがまる見えになる……。


「なら……!」


 即座に腰からポーション瓶を抜き、目の前の顔に叩きつけた。


「はっ、さすがに水分は効くんやな!」


 怯んだ隙に前脚の下をくぐり抜け、距離を取る。

 叩きつけたんが、下級やなくて最下級やったんも良かったみたいやな。

 最下級の方が水っぽい分、こいつには嫌みたいや。


「しっかし、君……タフ過ぎんで」


 両手のダガーは、刀身に大きくヒビが入り、刃先には欠けすら見てとれる。

 あと2回……もしかすると1回防ぐだけでも折れる。

 折れた後のことなんかわからんが、今よりキツうなることは確実やなぁ。


「ホンマ、はよ復帰してくれや」


 繭に囚われた2人に、悪態を吐きつつも口元が歪む。

 どうやら大蜘蛛も、完全に俺を敵と認識したみたいやな……。


「……そんじゃ、2回戦といこうやないか!」


 軽くステップを踏むように、緩急織り混ぜながら、懐に入っては離脱を繰り返す。

 大蜘蛛の目を誤魔化すように、時折木の枝や、落ち葉なんかを使って意識を逸らすことも忘れんようにっと……。

 動きを最小限に、感覚をフルに使って、高揚感に囚われず、常に先を予測しろ、と自分を律して――。


「……は、ははっ」


 しかし、繰り替えされる攻めと避けの応酬に、思わず笑いが零れ出る。

 それをきっかけに、意識を整えることも、表情を作る事も……口調を変える・・・・・・ことさえも・・・・・、無駄なものに思えてくる。

 ここは、捕食者お前しかいない!


「は、はは、ははははは……!」


 高揚感だけが身体を支配してくる。

 壊れることすらも厭わず叩きつけたダガーは、両手共に折れた。

 しかし、濡れて柔らかくなった頭めがけて、突き刺し、奥へと抉り込んだ。


 反撃とばかりに迫ってきた前脚に、ダガーを失った左腕が裂かれるが……痛みなど、まるで感じない。

 その隙を利用して前脚を掴み、関節部を狙って、残ったもう片方のダガーを突き刺した。


「来いよ。もっと……もっとだ……!」


 相手の攻撃は最低限で避け、多少の傷は気にもしない。

 蹴り、殴り……ただひたすらに戦い続ける。

 しかし、そんな楽しい時間は、突然終わりを告げた。


 一回転するように蜘蛛の頭を蹴り飛ばし、後方へ飛び退く。

 その直後……ダメージの反動が一気に襲ってきたからだ。


「つまんねぇな……この程度かよ」


 膝を折ってしまいそうな強烈な痛みに、叫ぶ声すら上手く聞き取れない。

 けれど、大蜘蛛はそんな俺に対して……確実に殺すとばかりに近付き、前脚を振り上げた。


「……こりゃ、死んだな」


 そんな諦めが口を吐き、目を閉じながら笑ってしまう。

 けどな、悪あがきくらいはさせてくれや。

 そんな思いと共に、身体を仰け反らせ……後ろへと倒れていく。


 直後、背中に走る衝撃と共に……名前を呼ばれた気がした。

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