第76話・第77話 大蜘蛛と糸

 漠然とした不安感が、なぜか頭から離れない。

 弱点も分かった。

 攻撃も通るようになってるし、アルさんの防御はまだ全然崩されていない。


 でも、なんなんだ……この妙な不安感は……。


 順調に進んでいるにも関わらず、浮かない顔をしていたからだろうか……シルフが、不安そうに僕を見ていた。


(アキ様?)

「……シルフはこのまま勝てると思う?」

(それは……)


 そんな彼女にちょっとした質問を投げる。

 しかし彼女自身も何か思っていたのか、少し気になることあるみたいに言葉を詰まらせた。


 考える素振りを見せた彼女に、答えを待っていた僕。

 そんな僕の脳内に、突然ノイズが走る。

 ――これは、トーマ君から?


「トーマ君? どうかした?」

『アキ、なんや変な感じがせんか?』

「変な感じ……トーマ君も?」

『その口ぶりやと、アキもそう思っとったみたいやな。姉さんはわからんが、多分アルも同じ事を思っとるはずや。やけど、アルは動けん。動いたら姉さんが危険やからな』


 脳内に響くトーマ君の言葉を受けて、アルさんの方を見れば……彼は何かを探るように、時折周囲へと視線を向けていた。

 トーマ君も、アルさんも……だとすると、この感覚は無視しない方がいいのかもしれない。

 しかし――


「何が変かっていうのは全然わかんないんだよね」

『それは俺も同じや。ただ、このままでは終わらん気がする』


 終わらない気がする。

 それってつまり……と、僕が思うことに予想がついていたのか、トーマ君は続けざまにこう言った。


『そこで、や。アキ、君の相方をちょっと偵察に出せんか?』

「相方って、シルフ?」


 僕の声が聞こえたのか、視界の端でシルフが首を傾げる。

 どうやら、トーマ君から念話が来た時点で考えることを止めたみたいだ。

 まぁ、思考の渦に入ってるよりも話が付けやすくなるから楽ではあるんだけど。


『彼女やったら、姿を隠しつつ動けるし、アキとの連絡もスムーズやろ? 偵察にはもってこいなんや』

「大丈夫だと思うけど……」

『俺の方も探ってはみる。けど、手は多い方がええ』

「分かった。伝えておくよ」

『すまんな』


 その言葉を締めに、頭からノイズが消える。

 負荷が消えたからか急に軽くなった頭を数回振って、シルフにトーマ君からの伝言を伝え、すぐに出てもらった。

 これで、なにか見つければすぐ連絡が来るはずだ。


 けど……今の状態で、相手に何が出来る……?

 現状、攻撃は全てアルさんに防がれてるし、8脚ある内の後ろ脚4脚は僕が木に結びつけたことで、動きを制限されてる。

 糸を断ち切ろうとして大きく動くことも、カナエさんの魔法があって難しい。


 何が、出来る……?

 大蜘蛛に……大蜘蛛


「ッ! まさかっ!」


 思い付いてしまった事に戦慄しつつ、急ぎトーマ君へと念話を飛ばす。

 直後頭を走るノイズが、彼と念話が繋がった事を示してくれていた。


『なんや、なんかあったか?』

「まだわからないけど。僕の予想通りなら……アルさんとカナエさんが危ない!」

『なっ!? どういうことや!』


 彼の驚いた声が脳内に響くと、僕の思考は逆にクリアになった。

 驚いてくれる人がいると、逆に落ち着くってやつなのかもしれない。


「ねぇ、トーマ君。今の大蜘蛛って何か出来そうな感じがする?」

『ああ? いや、そりゃ無理やろ。アルが動きを止めとるし、姉さんの魔法が凶悪やし、アキの妨害も効いとるからな』

「だよね。だったら、大蜘蛛じゃないんだよ」

『まぁ、そうやろな。やから俺もアルも周囲を気にして……まさかっ』


 僕の言葉から何かを気付いたのか、トーマ君の言葉がそこで途切れる。

 そして、タイミングを見計らったかのように、偵察に行っていたシルフが戻ってきた。

 ……その顔に焦りを貼り付け状態で。


『クソッ! まさか最初から分断が狙いか!』

「トーマ君はカナエさんの方に行って!」


 シルフと合流して、すぐにその場から飛び出す。

 なぜなら彼女が示す先――真っ白な糸で紡がれた壁の隙間から、続々と蜘蛛が現れたからだ。

 茶毛狼の時も隔離された空間だったから、新手が無いと思い込んでいた……!


 分断も、アルさんとカナエさん、僕とトーマ君に分かれるならまだ良い。

 もしカナエさんが1人にされたら……あの人は魔法使いだ!

 接近された瞬間に、為す術がなくなる!


『おい! それ、』

「僕は大丈夫だから! お願い!」


 彼が何を言いたいのか、それが分かっていた僕は、遮るように言い切った。

 そんな僕の言葉に色々思うところがったんだろう。

 しかし彼はその全てを飲み込んで、言った。


『絶対、死ぬな』

「わかってるよ」


 それ以上の言葉は無く、頭からノイズが消える。

 飛び出してから速度を緩めることもせず、大蜘蛛を迂回しつつアルさんの方へと。

 あと少しで彼の背中に手が届く、そう思った直後。


 僕の視界は、真っ白に染められた。


「な……ッ!」


 慌ててその場で足を止め、状況を確認すれば、どうやら四方八方から糸が飛んできたようだ。

 しかしこれは分断というよりも……。


「アルさんのみを狙って……!」


 急いで腰から草刈鎌を引き抜くと、目の前の糸を切り裂いていく。

 しかし、切っても切っても……その糸は終わりが見えない。

 アルさん……お願いだから、生きてて……!


「――マさん!?」


 必死に糸を切り続ける僕の耳に、カナエさんの声が飛び込んでくる。

 声のした方を見ても、見えるのは隠すようにそびえる白い壁。

 でも、カナエさんの声がしたってことは、トーマ君が守ってくれたんだろう。

 ……絶対死ぬな、か。


「死なないし、死なせない……!」


 必死に糸を切り裂いて、前へと進んでいく。

 時折声をかけ、アルさんへ念話を飛ばすが、一向に繋がらない。

 もしかすると気絶しているのかもしれない。


「こういうときに念話って使えない……!」


 悪態を吐きながらも一歩ずつ前に進んでいく。

 どれだけ切ったのかわからないほどに切った後……僕の視界に、黒く光る鉄が見えた。


「アルさん!」


 地面に落ちていた、その鉄――アルさん愛用の大剣を目印に、糸を切り裂いていく。

 そうして、なんとか見つけた彼の姿は……真っ白な糸に囚われ、全身を締め上げられていた。


「とりあえず、アルさんを自由にしないと……」


 締め上げられたアルさんは、僕の肩と同じ高さに足の先が来る状態だ。

 下ろさないことには、お薬すら飲ませられない。


「あ、でもHP自体は……大丈夫そうだ」


 忘れていたように視界の端にあるHPゲージに目を向ければ、アルさんのHP自体はそこまで減っていない。

 ただ、ジワジワと減ってはいるみたい……これは糸で締め上げられてるからだろう。


「……ッ! は、ぁ」

「アルさん!」

「アキさん、か。すま……ない、腕いが、いを頼む……」

「腕以外ですか? わかりました!」


 首も締められてるからか、喋りにくそうなアルさんの指示に頷いて、草刈鎌を握り直す。

 アルさんが腕以外と言った理由はわからないけれど、今はそこを気にしてる場合じゃない。


「まずはひとつ!」


 踏み込みつつ、頭上で振り抜くように鎌を一閃。

 太刀筋としてはアルさんの最初の一撃……あの、大蜘蛛の攻撃を弾いた、あの一撃だ。

ただ、やはり見よう見まねでは上手くいかないものらしい。

 切ったはずの糸は、思ったよりも切れてなく、アルさんの胴に繋がっている糸の半分程度しか裂けていなかった。


 踏み込みと腕を振り抜く際のタイミング……距離感のズレ……。

 現実の身体とこの身体アバターとでは、身長は大きく違う。

 その差には慣れた気でいたけど、普段の行動はまだしも、戦いにおいてはやっぱりまだまだみたいだ。


「問題は頭の辺り……」


 色々と感覚を確かめつつも、急ぐことは忘れず、足や胴の周りの糸を断ち切っていく。

 しかし最後に残った頭付近は……僕の手では絶対に届かない高さにあった。


「鎌を投げる? 場所自体はシルフに手伝って貰えばなんとかなるだろうけど……刃が上手いこと当たらないだろうなぁ」


 鎌はこうした糸を切る程度なら、切れ味としては全然問題ない。

 ただ、鎌で切るには鎌の内側に糸を持ってくる必要がある。

 その辺が普通の武器と違う所だよね。


「あ、そうだ」


 アルさんから切り離した糸をより合わせ、鎌の持ち手に結びつけ、振り回す。

 要は鎖鎌みたいな感じに使えば、ただ投げるよりも引っかけやすいはず!

 まぁ、採取道具としては扱われないから、普通に戦うって時は使えないだろうけどね。


「それじゃ、シルフ。援護よろしく!」

「はい!」


 アルさんから少し離れ、ブンブンと音が鳴るほどに振り回し……鎌を手離す。

 シルフが上手いこと風を使い、糸に引っかかったところで、鎌を一気に引っ張って切り裂いた。

 1回では切れないけれど、数回やれば……よし!


「アルさん。お待たせしました!」


 アルさんの指示通り、腕以外を切り離したところで、アルさんへと声を掛ける。

 するとアルさんは、静かに息を吸い込んで……


「ガ、アアァアァァアアアアッ!」


 腕に繋がったままの糸を、力任せに引っ張っていく。

 あまりにも無茶苦茶だけど……少しずつ周りの糸が形を変え、その壁は崩れていった。


「す、すごい……」


 腕から繋がる糸に余裕が出来たことで、地面に降り立ったアルさんは、さらに力を入れて壁という壁を破壊していく。

 まさか蜘蛛も、力任せに拘束を解かれるとは思ってなかっただろうなぁ……。


「アキさん。すまないがコイツを切ってもらえるか?」

「あ、はい」


 肩で息をしているアルさんの腕から、糸を断ち切り、ついでに[最下級ポーション(良)]を渡す。

 HP自体は思ったよりも減ってないけど、ここからさらに戦いが続くとすれば、回復できるときにしておいた方が良い。

 そんなことを考えながら渡したお薬を、アルさんは嫌そうな顔しつつ飲み干し、傍らに落ちていた大剣を拾った。


「助かった。さて、ここからは……」

「トーマ君にはカナエさんのフォローに入ってもらってます」

「なるほど。ならこちらはこの蜘蛛を蹴散らすとしよう。背中、任せたぞ」

「……はい!」


 獰猛に笑うアルさんに頷きつつ、僕も鎌と木槌を構え、周囲へと目を向けた。

 どうも、蜘蛛は木や壊れた壁の隙間から来ているみたいだ。

 多分、糸で拘束するのは難しいと判断したからだろう。


 一瞬だけシルフに確認してもらったけど、トーマ君達は大蜘蛛とまだやりあってるみたいだ。

 大蜘蛛が結構暴れてるみたいだけど、トーマ君ならある程度は大丈夫なはず。


 つまり……敵の分断作戦は、まだ続くってことかな。

 そんなことを考えながらも、迫る糸を避け、避けきれないものはシルフに逸らしてもらい、近づいてきた蜘蛛を切り返す。

 鎌じゃ攻撃の効果は薄いけど、道を塞ぐように飛んできた糸を裂いたり、足を引っかけて弾いたりなんかはしやすい。

 もう片方の手に持った木槌も、正面からの攻撃なら狙わなくても当てられる。

 僕がやることは、とにかくアルさんの死角を塞ぐこと……つまり、蜘蛛を倒す必要はないってことだ。


「でもこれ、いつまで続くのかな……」


 途切れることなく続く攻撃に、だんだんと動きが慣れてきたからか、ダメージも取れるようになってきた。

 しかし、いつまでたっても終わりが見えない……まるで、森の中の蜘蛛が全部こっちに来てるみたいな感じだ。

 あまりにも変わらない状況に、相談しようとアルさんの方を確認すれば……あー、これは苛立ってそう。

 というか、これで苛立ってないって言われたら、ちょっとアルさんのイメージが一気に壊れそうだ。


 それくらいに、大暴れしていた。


「あ、アルさーん。無茶はしないでくださいね……」

「大丈夫だ。苛立ってはいるが、理性がなくなったわけではない」

「なら、いいんですけど……」


 はっきりと伝えられた言葉に、上手いこと感情を隠せない。

 だって、どう見ても……狂戦士バーサーカーだよ!?

 突っ込んではぶった斬り、蜘蛛を掴んでは糸の盾にして振り回し……ぶん投げる。

 あ、今度は掴んで叩きつけた後に蹴り飛ばしてる……。

 が、がんばれー……蜘蛛さーん……。


「って、蜘蛛を応援してどうする!」


 あまりに酷い戦い方に、思わず蜘蛛を応援してしまったけど、それくらいに酷いかった。

 しかし、アルさんがそんな悪逆非道な戦い方をしてくれたおかげか、蜘蛛の数は少しずつ……本当に少しずつ減ってきていた。


「トーマさん!」


 このままのペースなら、あと数分程度で……そう思った矢先、カナエさんの叫び声が耳に刺さった。

 その声に、すぐさまシルフを向かわせれば、どうやらトーマ君がかなり危険な状態らしい。

 急ぎ、視界の端のHPゲージを見れば、すでに30%を切っていた。


「トーマ君……!」

「アキさん、1分だけでいい。耐えられるか?」


 突如、横から聞こえた声に顔を動かせば、いつものアルさん・・・・・・・・がそこにいた。

 苛立った表情は完全に消えていたけれど、むしろ今の方が……近づきたくない。

 そんな彼の姿に、何をする気かなんとなく分かった僕は、一度大きく深呼吸をしてから、手に力を入れた。


「はい! なんとかしてみせます!」


 僕の言葉に頷いて、アルさんは大剣を前へと向けて構える。

 この構えは……アルさんの決め技の構え。

 なら僕がすることは、これしかない!


「シルフ! アルさんの援護を!」

「はい!」


 アルさんの背中を狙う攻撃は僕が防ぎ、シルフが風で道を作る。

 直後、アルさんはまるで発射された弾丸のように飛び出した。

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