第74話・第75話 水と大蜘蛛

 トーマ君と2人がかりで開けた壁をくぐり抜け、次の小部屋へと入る。

 その瞬間、身体へと落ちてくる雨がなくなった事に気付いた僕は、顔を空へと向け……その存在に気付いた。


「ここ、天井がある……」

「こりゃ完全にボス戦って感じやな」


 僕の言葉にトーマ君がそう結論付け、腰からダガーを抜いた。

 僕らの後に続いて入ってきたアルさんも、何かを感じ取ったのか、眉間に皺を寄せる。

 そして、僕の前に立ち、静かに息を吐いた。


「相手が姿を現さない以上、こちらからは手が出せない。周囲の警戒をしつつ、前方の壁へ向かおう」


 その指示に僕らは無言で頷き、ゆっくりと前へと進む。

 一歩、また一歩と進み……部屋の真ん中、その近くまで進んだタイミングで、アルさんが吠えた。


「――ッ、退がれ!」


 叫ぶと同時に大剣を頭上へと振り抜き、何かを弾き返す。

 まるで鉄と鉄がぶつかったような硬質な音が響いた直後、僕らの前へ大きな魔物が姿を現した。

 ……蜘蛛、それも今までの比ではない大きさの、白い大蜘蛛が。


「こんなん、聞いたこともないで」

「トーマが知らないってことは、今まで遭遇したやつがいないってことだな」


 魔物の大きさは、アルさんの身長を軽く超えている。

 背の高さだけで見れば、ジェルビンさんの家とほぼ同じ大きさだった茶毛狼よりは小さいが、その分左右に大きい。

 脚をまっすぐに広げれば、寝転がった僕の5倍近くになるんじゃないだろうか?

 前脚2本は他の脚よりも短いながらも、先端が黒く、太い。

 きっと、さっきアルさんが弾いたのはこの脚なんだろう。


「で、どうするよ」

「そうだな……。とりあえず相手を知りたい。トーマは無理をしない程度に攻撃を。カナエさんも状況を見ながらお願いします」

「アルさん、僕は?」

「アキさんは様子を見ながら自由に動いてくれ。妨害でも観察でもなんでも構わない。何か気付いたらすぐ連絡を」

「わ、わかりました」


 アルさんの指示に頷き、カナエさんは杖を手に少し後ろへ下がり、トーマ君は姿を消した。

 自由に動いてくれ、か……。

 きっと、トーマ君は背後に回って攻撃をするだろうし、アルさんやカナエさんは正面から。

 となると、邪魔な位置にいるのも悪いし……よし、動いてみるかな。


「シルフ、僕の音を消してくれる?」

(はい。お任せください)


 シルフに音を消してもらい、大蜘蛛の横へと移動する。

 僕がすべきことは、きっとみんなと違うこと。

 壁の越え方みたいに、普通とはちょっと違うこと……僕にはそれが出来るって、トーマ君は教えてくれたんだと思う。

 彼らの横に立つことを諦める気はないけど、今、彼らと同じ方法で立つのはまだ無理だろう。

 だから僕は僕が出来ること、秀でていることで、横に立つ……立ってやる!


「よし!」


 小さく気合いを入れてから、すぐに息を潜めつつ、じっくりと大蜘蛛の動きを観察していく。

 アルさんへ攻撃を加えているのは、頭の横にある他の脚よりも短い前脚。

 きっと蜘蛛にとっては手や腕のようなものなのかもしれない……。

 僕の戦った蜘蛛が脚を振り回していたのは、今戦っている大蜘蛛よりも小さかったからかも?

 身体が小さいと、比例してあの腕も短くなるはずだし……。


「ただ、攻撃するタイミングに合わせて、後ろ脚が浮いてる? 体重を寄せるためかな?」


 その理由はわからないけれど、妨害するならあの浮く脚を狙うのがいいかもしれない。

 蜘蛛には左右4脚ずつの計8脚がついている……それはこの大蜘蛛も同じだ。

 そして、攻撃の時に浮く脚はその後ろ2脚ずつの計4脚。

 それに対してできる妨害としては……。


「浮かせ続ければ力が入りにくくなるだろうけど、それは難しいかな」

(でも、固定できれば動ける範囲を狭められます)

「固定か……糸で木に結びつけるとかどうかな?」

(それでしたら、先ほど採った糸を使えば可能かもしれませんね)

「ならまずはそれでいってみようか」


 言うが早いか、インベントリを操作して貯まりに貯まった糸を取り出していく。

 その数なんと、25本……それぞれに結構な量の糸が巻き付けられていた。


 その内のひとつを解き、捻るようにより合わせて、さらに同じようにした糸をより合わせ……太い糸、むしろ綱といった形に組み上げる。

 完成した太い糸それの片方を周囲の木に結びつけ、もう片方を輪にしてっと……。

 これで、輪を引っ張れば勝手に輪が締まるはずだ。


「これを浮いたタイミング見計らって脚に引っかければ……動きを阻害できるはず」


 問題があるとすれば耐久性だろうけど……ある程度より合わせてるし大丈夫だと思いたい。

 そんなことを考えつつ1本……また1本と大蜘蛛の脚に結びつけ、その動きを阻害していく。

 アルさんが上手く気を引いてくれているからか、思ったよりもスムーズに後ろ脚4本を結びつけることに成功した。


「でも、思ったよりも攻撃が通じてない感じだよね」

(そうですね。アル様だけでなく、トーマ様やカナエ様も攻撃を加えてますが……弾かれているか、上手く避けられてるみたいです)

「んー……弱点とかないのかな?」

(見たところ、そのような場所は……)


 ひとまず思いついた事をやりきったため、またしてもシルフと2人、息を潜めて状況の観察を始める。

 戦闘開始から、すでに10分近くが経過しているにも関わらず……大蜘蛛に傷らしい傷はついていない。

 トーマ君の攻撃に至っては、ダガーで斬りつけても、勢いをつけて蹴っても、まったくダメージにすらなってないように見える。

 蜘蛛は水が苦手ってことだけど、カナエさんの魔法も、脚で払われるか避けられるかで、全然効果が無さそうだ。


「……避ける?」

(アキ様?)

「ねえシルフ、カナエさんの魔法が当たった場所って覚えてる?」

(場所、ですか? 確か当たったのは……脚だけではないでしょうか? 他の場所に関しては、全て避けられていたかと)

「だよね。……なら、試してみる価値があるかもしれない」


 そうと思い立ったらすぐに行動を開始。

 まずシルフには、トーマ君へ伝言に走ってもらう。

 その間、僕はカナエさんに近付き、僕の作戦を伝える。

 トーマ君、カナエさんの2人から協力を取り付けたら、最後にアルさんだ。

 彼は前線で戦ってる以上、いきなり話しかけるのは危険……そこで、僕はアルさんから見える位置でまずは手を振った。


『アキさん? 何か用か?』

「試したいことがあります。トーマ君、カナエさんにはすでに協力の許可を貰っているので、アルさんも大丈夫ならやってみようかと」

『わかった。俺は何をすればいい?』

「この念話の後、僕が水袋を大蜘蛛の上に向かって投げます。それに合わせてカナエさん、トーマ君が動く予定です。アルさんは袋やトーマ君に大蜘蛛の意識が向かないよう、気を引いておいてください!」

『了解。始めてくれ』


 アルさんの言葉に頷いて、糸を結びつけた水袋をブンブン振り回す。

 僕の力だとあんまり飛ばないかもしれないから……。


「っ、てぇぇい!」


 気合いの声を出しつつ、高く上空へと水袋をぶん投げる。

 多少位置がずれたが、それはシルフがなんとかしてくれるはずだ。


 同時に大蜘蛛に対して左右を塞ぐように、水の玉が飛ぶ。

 真正面からの攻撃だ、大蜘蛛が防がないわけもなく、前脚を動かし水の玉を防ごうとした、その瞬間を狙って――


「ハァッ!」


 アルさんが気合いと共に、大蜘蛛の頭を斬り上げる。

 自らの動きに合わせられた攻撃に、水の玉の威力も相まって大蜘蛛の体勢が大きく崩れた。


(お任せください!)


 シルフの声が脳内で響くと同時に、強烈な風が大蜘蛛の身体を駆け抜ける。

 たった一瞬、しかしその一瞬を彼が逃すはずもなく――


「――シッ!」


 空中を飛んでいた水袋を、投げられたダガーが寸分のズレなく貫き、その中身を大蜘蛛の身体へとぶちまけた。


「これは……」


 水が大蜘蛛の身体に触れた直後、その箇所から白い煙が噴き上がり……大蜘蛛が姿を隠す。

 そして煙が消えると、そこには……白と黒のまだら模様に変化した大蜘蛛がいた。


 まるで、さっきの水で色が落ちてしまったみたいに……。

 まさか……!


「トーマ君、黒い所を狙って!」

「あいよ!」


 思いつきで叫んだ僕の言葉を疑うこともせず、トーマ君は瞬時にダガーを投げつける。

 その数10本ほど……その全てが黒い箇所へと深々と突き刺さっていた。


「なるほど……。あの白い色は、言ってみれば鎧のようなものだったのかも」


 その鎧を剥ぐ方法が、水を掛けること。

 だから大蜘蛛はカナエさんの魔法だけを避け、避けれないときは脚で払っていたのか。

 それにこの場所にだけ天井があるのも、それが理由だろう。

 雨が降った時にだけ、大きな巣が出来るのは……大蜘蛛を守るために、蜘蛛達が協力して巣を張るからかもしれない。


「ひとまず、今なら僕でもダメージを与えれそうだし……攻め時かな?」


 大蜘蛛は攻撃から身体を守ろうとしたくても、後ろ脚が上手く動かないからか、中途半端にしか対応できていないみたいだし。

 まぁ、かといってそっちに意識を向けたら、カナエさんの魔法が飛んでくるしで……ちょっと可哀想な状態になっていた。


 このまま攻め続ければ勝てるだろうけど、本当にこれで終わりなんだろうか?

 なんとなく、このまま終わりそうにはないんだよねぇ……。

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