第60話 雨の森

 雨の中、雨具を身につけ、僕らは森の中を進む。

 すると、少しだけ開けた場所に出た。

 確かここって……アルさんと鹿が戦ってた場所だっけ?


「ここなら、戦うにしても守るにしてもやりやすい広さだな」

「んじゃ、さっきの続きすっか」


 アルさんとトーマ君は周囲を見まわし、それぞれ別の位置に立つ。

 アルさんは僕の隣り。

 そして、トーマ君は僕と向かい合う位置だ。


「……シルフ」

「はい。アキ様」


 2人が落ち着いたところを見計らって、彼女の名前をぽつりと呟く。

 瞬間、声が響き――僕とトーマ君の間に風が舞い、その中心にシルフが姿を顕した。

 実体化はしてないけど、僕以外にも見える、半実体の状態だ。


「シルフ……風の精霊か」

「私の方からは何度もお見かけしておりましたが、こうやってお会いするのは初めてですね。シルフと申します、トーマ様」

「知っとるやろうけど、トーマや。よろしゅう」


 「よろしくお願い致します」とシルフが頭を下げる。

 その彼女が顔をあげたのを見てから、トーマ君は矢継ぎ早に質問を繰り出し、シルフは慌てつつ、律儀に全て返していた。

 ちなみにその間、特に何もすることのなかった僕は、目に付いた素材を採取し、アルさんは周囲への警戒をしていた。


 一通り、周囲の素材を採取し終わったところで、「アルさん、なんだか雨が強くなってきましたね」と、僕は言った。


「そうだな。これ以上強くなるようなら、どこかで一度雨宿りした方がいいだろう」

「アルさんは心当たりあります?」

「いや……。こういうことはトーマが知ってるんじゃないか?」

「確かに」


 アルさんと2人で頷いてトーマ君達の方を見れば、ちょうど話が終わったところだった。

 そこでトーマ君に心当たりを訊いてみれば、「小部屋みたいに、木に穴が空いとるところが数カ所あるで」と教えてくれる。

 また、雨宿りのことはトーマ君も賛同してくれたので、泉にいった帰りで、あまりに雨が酷いようなら雨宿りをすることになった。


 木の枝を払い、木の根を避けつつ、しっかりと進んでいくが……見える景色はまったく変わらない。

 そもそも魔物の1匹も出てきてないだけに、本当に進んでいるのかどうか……。

 といっても、アルさんと2人で来たときも、鹿以外には会ってないんだけど……そもそも、森って何がいるの?


「鹿と蜘蛛以外か? 俺が知ってるのは、猪と蛇だな」

「あとリスがおるで」


 僕の疑問に、2人が揃って教えてくれる。

 結構種類がいるのに、鹿以外会ったことないって……。

 リスはもともと臆病な動物らしいし、僕が木の上を見てないから、いても気付いてないだけかもしれないけど。


「リス以外は色々条件があるんや。蜘蛛と鹿はエリアが決まっとる。ここは鹿のエリアやな」

「ふむ」

「猪は鹿のエリアには出てこん。蜘蛛のエリアには時折出てくるみたいやな。んで蛇は、猪や鹿と戦ってる時に出てくるらしいわ」


 なるほど。

 つまり、前回鹿と戦ってた時に、蛇も出てたら……危なかったってことか。

 運が良かったってことかなぁ……。


「で、トーマ君。蜘蛛のエリアってあとどれくらいなの?」

「もうちょいやな。周りの木が細くなってきたら、蜘蛛のエリアや」

「蜘蛛のエリアに入る前に一度止まろう。雨が降っているとはいえ、一応の確認はしておきたいからな」

「りょーかい。そんときゃ見てくるわ」

「ああ、頼む」


 もはや、わだかまりもないみたいに、アルさんとトーマ君はそれぞれに連携しあう。

 元々、パーティー内での役割が違うからだろうけど、すごいなぁ……。


「お、そろそろやで」


 そんなことを思っていた僕の耳に、トーマ君の声が入る。

 どうやら蜘蛛のエリアに到着したらしい。



「では、一気に蜘蛛のエリアを抜けるぞ」

「は、はい!」

「つーて、蜘蛛はおるからな? 油断はすんなよ?」

「う、うん……」


 蜘蛛のエリアに到着したあと、手はず通り、トーマ君が確認に走ると、綺麗に蜘蛛の巣はなくなっていたらしい。

 そこで、アルさんを先頭に一気に駆け抜ける方が、早くて安全ということになり、準備がてら僕らは身を潜めていた。


 蜘蛛を倒すには、斬るよりも刺す方が倒しやすいらしい。

 そこで、僕の武器はノミと木槌だ。

 もっとも僕が戦うことはないだろうけど。


 「行くぞ!」――その言葉を引き金に、僕らは一列で走り出す。

 駆け抜けていくアルさんに遅れないように、僕も全力で走り抜ける。

 時折視界に蜘蛛が入ってきたかと思うと、次の瞬間には、トーマ君のダガーが刺さっていた。


「ま、雨で動きが鈍ってる蜘蛛なら、走りながらでも問題ないな」

「……たぶんそれ、トーマ君くらいだと思う」


 そんな会話をしていた僕らの前で、アルさんが急に立ち止まる。

 それがあまりにも急だったこともあり、僕は止まれずアルさんの背中に激突した。


「いぎゃ」

「おっと」


 アルさんの背中に鼻を打ち付け、変な声が漏れる。

 その痛みに鼻をさすりつつ、アルさんの後ろから、前をのぞき見ると……。

 そこには、まるで前方を壁のように白く塗りつぶす蜘蛛の糸があった。


「……トーマ」

「知らん。俺が見た時はなかったで?」

「ふむ。そうか……」


 その間にも周囲を囲む蜘蛛の数が増えてくる。

 もしかすると、誘い込まれた?


「こんなん、情報にはなかったで」

「俺もここまで奥に来たことはないが……。戦った限りでは、蜘蛛にそんな知性があるとは思えない」

「せやな。とりあえず、どないする?」

「引く、と言いたいところだが……この数か」


 どんどん集まってくる蜘蛛に対し、僕らは互いに背を向け三角形の陣形を取る。

 そして、アルさんが指示を出そうと口を開いた、その瞬間――四方八方から同時に、蜘蛛が糸を吐き出した。


「くっ!」

「おいおいっ!」


 あまりの量に、全員が咄嗟に回避へと動く。

 といっても、僕の場合は回避したというよりも、しゃがんで避けた、という方が正しいんだけど……元々、これが狙いだったのかもしれない。


「アルさん? トーマ君……?」


 顔をあげて周囲を見まわしてみても、2人の姿がない。

 その代わり、2人がいた場所には真っ白な壁ができており、僕の前には……1匹の蜘蛛がいた。

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