第59話 合わない2人

 雨が降るまでに森に着く――そのために僕たちは、街から繋がる草原を足早に抜けていた。

 空模様があまり良くないからか、戦っている人も少ない気がする。


「少しスピードが速いかもしれないが、雨が降り出すまでに距離を稼いでおきたい」

「大丈夫です。僕も同じ事を考えてましたから」


 僕とアルさんは並んで進みながら、お互いに顔を見合わせ頷く。

 トーマ君がいれば、降り出す前には気付いてくれるだろうし……。


「って、あれ? トーマ君?」


 左右や後ろを見まわしてみても、彼の姿はドコにもない。

 もしかして街を出るときにはぐれたとか――そう思った直後、頭の中にノイズが走った。


『お、アキ。すまん、ちとやること出来たわ。俺は森の入口で合流する』

「え? トーマ君!?」

『じゃ、また後でな!』

「トーマ君? トーマ君!?」


 彼の言葉を最後に、頭からノイズが消えていく。

 トーマ君……?


「アキさん? トーマがどうした?」

「あ、えーと……その。なんだか別件が出来たとかで、その……また後で合流するとか」

「……あいつは!」


 トーマ君の言葉をそのまま伝えると、アルさんから怒気が立ち上る。

 協力主義なアルさんと、個人主義なトーマ君……これは本格的にウマが合わなそうだ。


「と、とりあえず急ぎましょう! トーマ君がいないってことは、降り出すタイミングもわからないので!」

「あ、ああ。そうだな」


 アルさんは怒りに歪んだ眉間を指で揉みつつ、なんとか絞り出したような声と共に頷く。

 ひとまずと問題を先送りにして、僕らは森へと急ぐことになった。

 時間が分からない以上、道中の玉兎も素材も無視して、ただひたすらに。



「よ、遅いやんか。先に他のパーティーが来とったで?」

「トーマ君!?」


 駆け込むように森に辿り着いた僕らを待っていたのは、いなくなっていたトーマ君。

 息も絶え絶えな僕らと違い、トーマ君は涼しげな顔をして木の上で転がっていた。


「急に消えてもーてすまんな。ちょい気になる話が入ってな」

「そういえば、なんだったの?」


 訊きながらチラリと横のアルさんを見れば、怒気が見えそうなくらいに雰囲気が怖い。

 トーマ君にもそれはわかっているのか、いつもよりも真面目な顔で答えてくれた。


「ついさっきのことや。街中に精霊が現れたらしいで」

「精霊? そうなんだ」


 頭上を舞うシルフに少し目線を送ってみれば、彼女も強く頷く。

 どうもその話は本当のことみたいだ。


「ああ。どうも鍛冶の作業場にでたらしいわ。つーて、契約まではいってへんみたいやけど」

「ふーん。今までは誰も見たことなかったの?」

「ま、情報として出回ってる上ではな。ただ、アキ……君は契約してるんやろ?」


 話の流れ、と言わんばかりに軽い口調で、彼は僕へと目線を動かす。

 僕がシルフと契約していることは、アルさん達にしか伝えていない。

 それも、茶毛狼ブラウンウォルフと戦ったあとに念話・・で、だ。


 ならアルさんが……?

 そう思って、横に立つアルさんの顔を見れば、さっきの怒り顔も消えて、ただ驚いたように口を開いていた。


「なんで、そう思ったの?」

「あー、言いたくないなら別にええんやけど。せやな……さっきもやったんやけど、何度か宙を見るような仕草をしてるんと、前に作業場に行った時、1人で作業してるには変な場所に道具が置かれとったからな」

「あー……よく見てるね」

「情報収集は常に、やで」


 その言葉に、僕もシルフも揃って苦笑するしかなかった。

 トーマ君の前で隠し事っていうのが、そもそも無理だったのかもしれないなぁ……。


(アキ様)

(ん?)

(トーマ様でしたら大丈夫かと思います)

(そっか)


 お互い顔を見合わせて頷いて、僕は口を開く。

 しかし、僕の声が形になる前に、横から重く鋭い声が割り込んできた。


「アキさん、その前に少し良いか」

「え? あ、はい」


 僕の返事に頷いて、アルさんはトーマ君へとまっすぐに顔を向ける。

 まるで射貫くような目で。


「トーマ、お前の行動の理由はよくわかった。だが、そうやって動くのなら先に連絡を入れろ。どんなに安全に見える場所であっても、今はお前ひとりじゃない。俺たちはパーティーを組んでるんだ」

「ああ、そうやな。すまん」


 トーマ君の言葉に、アルさんはこれ見よがしに大きく溜息を吐く。

 全身で「分かってない」と言ってるみたいだ。


「俺の予想だが、お前は俺の事を嫌っているのか、もしくは苦手意識があるのか……そのどちらかであるのは分かっている。だが、戦闘では俺もお前も、もちろんアキさんも。全員で協力しなければ、死ぬ危険は常にある」

「そう、やな」

「だから頼む。お前にとっては嫌かも知れないが……俺は、お前のことも頼りにしてるんだ」


 そう言って、アルさんは頭を下げる。

 その行動が……いや、むしろ言葉が予想外だったのか、トーマ君は今まで見せたことのない顔を僕らに晒していた。

 なんだ、トーマ君もそんな顔するんだ。


「……は?」

「トーマ君。驚きすぎ」

「いや、アキ。笑うなや」

「だって、トーマ君……」

「確かに今の顔は、少し面白いな」

「アル! お前もっ!」


 トーマ君が慌ててる姿に、より一層僕らの笑いは深くなり、終いにはトーマ君も笑っていた。

 この3人で、こんなに笑ったのは……これが初めてのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る