第50話 情報通

「やっぱ、ここの肉やな」

「そうだね。噛めば噛むほど肉汁が溢れて……美味しい」


 思い思いに目の前の料理へと手を伸ばし、空いたお腹の中へと入れていく。

 しかし、アルさんとトーマ君の速度が速い……よっぽどお腹が空いていたらしい。


 あの戦いが終わった後、けたたましく鳴ったアルさんのお腹の音に、僕らは場所を移すことになった。

 モールズの食堂――トーマ君に教えてもらい、アルさん達と打ち上げをした、玉兎のお肉を出すお店に。


「ボリュームがあるわりに、油が重たくないのが助かるな」

「分かってるやんか。玉兎ってのは普通に焼いたら、硬うなる。それに油が外に出てもうて、パサパサになるんや」

「ほう」

「けどこの店は、そんなん感じさせんくらいの腕利きやからな」


 つい先ほどまで本気で戦っていた相手とは思えないくらいに、和気あいあいと言葉が交わされる。

 一時はどうなることかと思ったけど、もう問題もなさそうだ。


「で、アキ。実際のところどうすんや」

「ん? なにが?」


 安心してお肉にかぶりついていた僕へと、トーマ君が訊いてくる。

 僕はそのことに気を配りつつも、口の中で溶けるお肉の脂と、柔らかなお肉の食感に心のほとんどを奪われていた。

 そんな僕に少し呆れたのか、トーマ君は力が抜けたような笑みを晒す。

 多分、ジェルビンさんと会ってから、ずっと力が入ってたんだろう……だからこそ力が抜けて良かったと思いながら、お肉を飲み込んで、水で口内をリフレッシュした。


「なにがて、爺さんの条件やろ。[風化薬]爆薬作成のヒント、もらうんやろ?」

「ああ、うん。そのつもりだけど、どうしよっか」


 ジェルビンさんから出された条件は、森の奥にある湖の水を採取してくること。

 言うだけなら簡単なんだけど、僕にとって森は苦い思い出の宝庫だ。

 鹿とか……鹿とか……。


「ひとつ良いか」


 鹿に意識を奪われそうになっていた僕へと、アルさんの声が届く。

 ついと視線を向ければ、何か言いたそうなアルさんの顔。

 その表情に、僕とトーマ君は特に何も言わず、ただ頷いた。


「素朴な疑問なんだが……トーマ1人でなら行って帰れないのか? 戦った感じでは、森の敵に苦戦するほどでもないだろう?」

「あー、それはアキがな」

「うん。えっとね、僕がお願いしたんだ。教えてもらうのが僕なのに、僕が行かないのはダメだと思って」

「ふむ……。それもそうだな」


 アルさんは僕の言葉に納得がいったのか「すまない。作戦の話に戻ろう」と口を噤んだ。

 でも、アルさんの言うとおりではあるんだ。

 トーマ君だけなら、きっとすぐにでもクリアが出来る。

 けど、この条件を出したときのジェルビンさんの顔からは……僕の覚悟と、力不足を受け止める心、そしてその上で対処する力を見ているような、そんな感じを受けたんだ。


「……アルさん、トーマ君。その……迷惑をかけるかもしれないけれど」

「別に、迷惑でもなんでもないで。そうやろ?」

「もちろんだ。アキさんが俺を頼ってくれたことは、素直に嬉しく思う。誰も欠けることなく、必ず辿り着こう」


 僕の言葉を遮るように、トーマ君が面倒くさそうな顔で、右手を揺らす。

 そんな彼とは対照的に、真面目な顔で言い切るアルさんの姿が、なんだかおかしかった。



「今回の作戦で、一番問題なのは……雨がいつ降るか、だよね?」


 準備するものや、パーティー内での役割などを確認した後、僕は最後に残った問題点を口にした。

 目的地は蜘蛛の巣が多いエリアのさらに先。

 水の苦手な蜘蛛に合わせて、雨の日を狙わないと……と思った僕の前で、トーマ君がこともなげに言い放った。


「雨の日やったら、俺にはわかるで」


 その言葉があまりにも軽かったからか、僕もアルさんも一瞬理解が出来ず……理解した直後、僕らは首を捻りそうな速度でトーマ君へと顔を向けた。

 そんな僕らの行動が面白かったのか、トーマ君は口を大きく開けるように破顔した。


「なんや2人とも。面白い反応して」

「い、いやトーマ。分かるのか……? 雨が」

「ああ、そのまんまの意味やで。つってもスキルの補助があってこそやけどな」


 驚きつつも訊ねたアルさんに、トーマ君は少し得意げな顔を見せながら話す。

 やっぱりトーマ君の取得スキルは少し珍しいみたいだ。

 他に何を持ってるのか少し気になるけども、きっと企業秘密とかで教えてくれないんだろうなぁ……。

 いや、企業じゃないんだけどさ。


「まぁ、スキルについては秘密やけども、そうやな……多分3日後の昼過ぎには降るで」

「そ、そうなのか……。あー、アキさん、そのタイミングで問題無いか?」

「あ、うん。大丈夫だと思います」


 アルさんの問いに頷きながら、僕は頭の中でこれからの動きを確認していく。

 僕がやっておくことで一番大事なのはお薬を作る事。

 茶毛狼ブラウンウォルフの時に渡したお薬なんかは、お礼も兼ねてそのままみんなにプレゼントしたこともあり、今手持ちにはほとんど残っていない。

 今回はアルさんもトーマ君も接近して戦う人達だし、それなりの数を用意しておいたほうが良いよね。

 あ、そういえば……トーマ君は大丈夫なのかな?


「ねぇ、トーマ君」

「あん? なんや」


 話がひと段落ついたからか、目を閉じ、周りの声に集中していたらしいトーマ君が、僕の呼びかけに応じて、目を開く。

 前回みたいに待たされなかったってことは、たぶん今は良い情報がないんだろうなぁ……。


「トーマ君はお薬飲める?」

「――ッ!」

「は? なんやいきなり」

「いやほら、このゲームのポーションって苦いし、どろっとするし……」


 言いながらアルさんの方へチラリと目を動かすと、僕らの会話を聞いていないみたいに水を飲んでいた。

 きっと、今俺に触れるな……ということなんだろう、と僕はすぐさまトーマ君へと視線を戻す。

 しかしその動きを彼が逃すはずもなく――


「ああ、なるほどな。アキはこう言いたいんやな? アキの知ってるお兄さんはお薬が飲めないから、俺はどうなのかって気になっているんだ、と」

「と、トーマ!」

「おや、俺はアストラルさんには何も言ってへんのやけどなぁ。あ、それと俺は普通に飲めるで。この年になっても飲めないってのはさすがになぁ」


 ニヤニヤと笑いながら口を開いたトーマ君の言葉に、アルさんの顔がどんどん赤くなっていく。

 わざとからかってるのは分かるんだけど、トーマ君……どうして君はそう……。

 前言撤回、本当に大丈夫かなぁ、このパーティー……。

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