第49話 模擬戦

 シルフにサポートしてもらいながら、とにかくひたすらに走る、走る。

 そして僕は気付いた――スカートって、すっごい走りにくい!


 街の外に行く予定がなかったこともあって、おばちゃんに貰ったワンピースふくを着ていた。

 その結果……走ろうとしても、裾が上がりそうで本気で走れない!

 シルフが念話で「裾のガードはしているので、大丈夫ですよ」とは言ってくれてるんだけど、なんていうか……走れない。

 服のせいでもあるけれど、僕の気持ちの問題でもあって……結局、アルさんの姿を捉えることなく訓練所に到着してしまった。


「お! 嬢ちゃん!」


 走り疲れ、息を整えていた僕へと、何度か聞いた覚えのある声がかかる。

 その声に顔を左右へ振ると、何度もお世話になっている訓練所のおじさんが、僕の方へと小走りに近づいてきていた。


「よう。慌ててたみたいだが、今日はどうしたんだ?」

「こんにちは、おじさん。ちょっと友達が……」

「ん? 友達? それがどうかしたのか?」

「えーっと……金髪の男の子と、背の高い色黒の男性が来なかったですか?」

「ああ、そいつらなら奥の広場を使うとか言ってたな」

「奥の広場……! ありがとうございます!」

「あ、おい!」


 場所を聞いて僕はすぐに駆け出す。

 走る直前に何か言ってた気がするけど、今はそれどころじゃないんだ……!

 って、なんだか人が多い?

 それも、奥に行けば行くほど増えてるような……。


「いた!」


 訓練所の奥の奥……模擬戦用の広場みたいな場所をさらに抜けた一番奥。

 石や木をどけられ、まっさらな地面だけの広場と違い、2人がいる場所は、木や岩が残ったままの場所。

 きっと、模擬戦の中でも、より実戦に近い模擬戦を行うための場所なんだろう。

 そんな場所の周囲は杭と縄で丸く区画分けされていて、僕はその円の外……その一番前へ立った。


「ようやっと来おったか。遅かったやん」

「いや、2人が速すぎるんだよ……。なんか周りの人も多いし」

「多分、ここで模擬戦をするやつは珍しいからだろうな。特に、プレイヤー同士というのは、まだほとんど行われていないはずだ」

「そういうこった。ま、どうでもええ」

「……そうだな」


 その言葉を締めに、2人が武器を構えた。

 張り詰めていく2人の雰囲気に飲まれて、次第にギャラリーも静まっていく。


 相対して構えている武器は、大剣とダガー。

 見るからにリーチの差がありすぎて、普通に考えれば大剣を持っているアルさんが圧倒的有利。

 アルさんの戦い方からしても、最初から油断はしないだろうし……。


「ただ、トーマ君は……」


 戦い方がよくわからない。

 玉兎を一緒に狩った日、あの日以降……彼の戦いは見ていない。

 つまり、どんな戦い方をするのか、僕も知らないのだ。


「……動かんのか?」

「生憎、初手に攻めるのは、俺の役割ロールではないからな」

「はっ。そんじゃ、こっちからいくで?」


 場の雰囲気にそぐわない軽い声が響き、トーマ君の動きに対応すべく、アルさんがさらに集中力を増す。

 しかし、トーマ君はまったく動かない……?


「遅え」


 ぽつり、と落ちるような声が聞こえた瞬間、アルさんの目の前にトーマ君が現れ、右手に持ったダガーを振るう。

 離れて見てる僕ですら反応が出来なかったその動きに対し、アルさんは大剣を動かし的確に対処した。


「へぇ、防ぐとはやるやん」

「一応それが俺の仕事だからな」


 口火を切りながらも退こうとしたトーマ君へ、アルさんは一歩踏み出し、横薙ぎに一閃。

 速度的にも距離的にも、確実――


「ま、そうくるやろな」


 当たった、そう思った瞬間……トーマ君の姿が揺らめいて消える。

 そうして気付いた時には、彼はすでに大剣の間合いの外にいた。


「なるほど。さっきの一撃の直後に、なにかやっていたのか」

「ま、そのへんは秘密やけどな」

「面白い……!」


 再び構え直したアルさんに、トーマ君が再度攻撃を仕掛ける。

 今度は消えず、駆けるように踏み込んでから、右手で大振りに一閃。

 僕にも捉えられたその剣筋を、アルさんが防御できないわけもなく、容易く大剣で弾――かず、すぐに後ろへと下がった。

 不思議なその動きとほぼ同時に、アルさんの胴があった辺りをトーマ君のダガーが通過する。

 ……左手のダガーだ。


「――凄い」


 一瞬で相手の攻撃を読むアルさんもだけれど、ほぼ同時に攻撃を仕掛けたり、移動速度すらも利用して攻撃に持ち込むトーマ君も凄い。

 実際、あの場に僕が立っていたとしたら……きっと最初の一撃で終わりだっただろう。

 仮に運良く防げたとしても、今回の攻撃に耐えられるとは思わない。

 きっと、綺麗にお腹を裂かれて終わりだ。


 アルさんの大剣捌きだってそうだ。

 僕の身長よりも大きく、見るからに重そうなあの武器を、トーマ君に負けない速度で振り抜いている。

 防御から攻撃まで、たった1本しかない武器で……2本あるトーマ君のダガーに。

 あんなのを僕が受けたら、そのまま広場の端まで吹き飛ばされそうだよ。


「んで? そっちからは攻めてこんのか?」

「そうしたいところだがな、悔しいことに攻め手が足りない」

「そーかいっ!」


 アルさんの返しに、片口を歪ませて笑い、トーマ君は次の一手を仕掛ける。

 右手で隠し持っていたダガーを一気に数本投げつける。

 そして同時に踏み込んで、瞬きの間にアルさんの懐へと入った。

 対してアルさんは、飛んできたダガーを半身で避け、遅れてきたトーマ君の剣撃を大剣と籠手で弾いていく。


「まだまだ行くで!」


 宣言と共に、トーマ君の連撃が速度を増す。

 2本の腕が、僕の目には3本……いや4本に見える……!?

 しかもそれを、アルさんは的確に捌いてる!?


「まだ、まだァ――!」


 速度を上げ続けるトーマ君の体が、突如下へと沈む。

 周りから見ている僕の目でも、消えたように見えたその動きには、アルさんも驚いたらしく……すぐ立て直したといえど、真後ろに現れたトーマ君の回し蹴りが胴へと吸い込まれるように入ってしまった。


「ぐっ……やるじゃ、ないか」

「俺も驚きやわ。よう防げるな……自信なくすで」


 受けた衝撃を流すように、転がって距離を取ったアルさん。

 トーマ君はあえて追撃せず、アルさんが構えるのを待ってから、再びダガーを構えた。


 ――直後、眼前に立てたアルさんの大剣にトーマ君がダガーを突き立てていた。

 相変わらずトーマ君の速度が速すぎて見えないけれど、アルさんは次第に対応出来るようになってきてる……?

 その証拠と言わんばかりに、さっきと同じくトーマ君の猛攻を捌いているアルさんの顔が、少し笑っていた。


「――ッ!」


 連撃を続けていても崩れないアルさんに、トーマ君が一瞬後ろへと体をずらす。

 その瞬間を狙っていたのだろう。

 突如、アルさんは大剣から手を放し、すかさず右拳を振るう――それも、宙にある大剣へ。


「なっ!?」


 その、ある意味理解不能な行動に、トーマ君は視界と思考を奪われる。

 しかし、それでもすぐ大剣を躱し、視界を取り戻そうとしたトーマ君はすごい……!

 けれどアルさんはそこへ、予測していたかのように渾身の拳撃を見舞う。


「ハァッ!」


 威力の乗ったアルさんの左ストレート。

 しかしそれは、クロスしたダガーに防がれ……威力を殺しきれなかったトーマ君の体を、後方へと押し返すにとどまった。


「……まさか防がれるとはな」

「いや、こっちが驚くわ。剣士が剣を投げ捨てるなんざ、予想外やで」

「負けるつもりはないからな。使えるものを使っているだけだ」

「はっ、そーかよ」


 話しながらもアルさんは大剣を拾い上げ、切っ先をトーマ君へと向け構える。

 トーマ君はその構えをみて……力を抜いたように両手を上へと上げた。


「俺の負けやわ」

「……は?」

「やから、俺の負けやって言ってんのや」


 僕らにも聞こえるくらいに大きく溜息を吐いてから、トーマ君は両手を下げダガーをしまう。

 その行動に、アルさんだけでなく僕も……きっとギャラリーの全員が、ただ呆然と彼に視線を送ることしかできなかった。

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