第43話 侵入者
ボスに挑戦するのは、ジンさん達との顔合わせから2日後の昼過ぎ。
つまり、明日のお昼だ。
そこで今日、僕がしないといけないのは、最下級と下級のポーション……その良品を増やすこと。
あと[薬草(軟膏)]も少し作っておく必要がある。
これは、顔合わせの際に実物を見せて渡したんだけど、持続性のある回復はボス戦なんかの、戦闘が長引く際に使えるらしい。
「効果時間が2分っていう短さだし、その間は10秒ごとに2%ずつだから、そこまで……とは思ってたんだけどね」
「実物を見たときのジン様……すごい興奮されてましたよね」
「だね。たぶん、ジンさんやアルさんみたいに魔物のすぐ近くで戦う人達は、ポーションなんかをすぐ飲めるわけじゃないし」
それに、飲まなくて良いから……。
アルさんはそっちの方が嬉しいのかも知れない。
そんなことを話したり考えたりしながら、水と薬草入りの蜜を混ぜ合わせていく。
[薬草(軟膏)]はポーションと違って、混ぜていけばいくほどに堅さを増し、どんどん混ぜるのが難しくなってくる。
だから、たった2回……計10個を作った時点で、僕の腕は悲鳴を上げていた。
「も、もう……だめ……」
「アキ様、お疲れ様です。ですが……まだ最下級と下級のポーション作成が」
「ぐぅ。少し休ませてー」
力なく腕を持ち上げて、フラフラと左右に振る。
そんな僕を見て、彼女は苦笑いのような、少し困ったような……そんな顔を見せた。
「あー……」
作業台に頭を乗せて、ただボーッとうめき声を上げる。
そんな僕の視界の外から何やら音が聞こえたけれど……たぶんシルフが次の用意をしてくれてるんだろう。
「はやく、うごかない……と……」
そう口に出してみても、少し冷たい作業台に熱が奪われ……自然と瞼が落ちてくる。
はやく……やら、ないと……。
◇
「なんや、寝とるんか」
不意に聞こえた声に、僕はゆっくりと目を開く。
もしかして、少し眠ってた……?
「起こしてもーたか、すまんな」
「ん、うん……?」
寝ぼけ眼を擦りながら声の方へと顔を動かせば、窓のそばで風に揺らめく金の髪が見える。
あれって……
「って、トーマ君!? あっ!?」
予想外過ぎる人の登場に慌てて身を起こせば、座ってた椅子からずるりと身体が落ちる。
地面に落ちる衝撃に耐えるように、僕はとっさに強く目を閉じた。
「っと、あぶないで?」
ほんのちょっとの衝撃と、すぐ近くから聞こえた声。
恐る恐る目を開けば、トーマ君の顔がすぐ近くにあって……。
「え? え!?」
「暴れんなや、また落ちるで」
その言葉に、落ちたくはないと彼の袖を握って力を入れる。
それがおかしかったのか、少し笑い声を漏らしつつ、彼は僕を地面へと立たせてくれた。
「あ、ありがとう」
「元々の原因は俺やしな。気にすんな」
「……それはそうなんだけど。なんでトーマ君がいるの?」
調薬をしてる事は伝えてたけど、ここでやってるって事は伝えてなかったはず。
「ああ、確認したいことがあってな」
「確認したいこと?」
「ちょい実物出すわ」
その言葉と共に、彼はインベントリを操作して、1本の瓶を取り出して渡してくる。
中身は見たことのない緑色。
ポーションとは少し違う……光に当てると青っぽくも見える緑だ。
一応トーマ君に断ってから、僕はそのアイテムを<鑑定>した。
[風化薬:投げることで
小さな衝撃でも旋風が出ることがあるため、取り扱い注意]
「爆薬……?」
「アキでも知らんか。プレイヤーやない冒険者と話しとったら話題に出てな、1つ買い取ったってわけや」
「なるほど」
「んで、アキなら調薬やっとるし知っとるかと思ったんやけど」
そう言われてもなぁ……確かに爆薬も薬ではあるけど。
あ、でも――
「トーマ君」
「あん? なんや」
「ぼ……じゃなくて、私は知らないんだけど、知ってる人なら紹介できるかも」
つまり、おばちゃんやジェルビンさんのことだ。
ジェルビンさんとは、またお話したいと思ってたし……ちょうどいいかもしれない。
そう思っての言葉に、トーマ君は「ほう」と興味を示す。
「明日は約束があるからダメだけど、他の日だったらトーマ君を連れて行くことはできるよ」
「なるほど。せやったら、アキの都合の良い日に行こか」
僕はそれに頷きつつ、シルフが用意してくれていた鍋を魔導コンロに移し、火をつける。
トーマ君には申し訳ないんだけど、僕も急がないと時間が……!
そう、心の中で謝りつつ、まな板の上に薬草を出して刻んでいく。
「――手慣れてんなぁ」
僕の作業を後ろから眺めていたトーマ君が、そんなことを口から零した。
「ゲーム開始してからずっとやってることだからね」
「ま、ポーション作っとるとは思えへんが」
「料理みたいだよね。場所も台所みたいだし」
言いながら、さっきとは別の鍋の蜜に薬草を溶かし、コンロ側の鍋に当てていた火を落とす。
蜜の色が変わるまで薬草を溶かして、お湯が少し冷めたところで蜜の方に混ぜて……
「トーマ君、ごめん。見てるなら、ちょっとこっちの鍋を押さえてて」
「あいよ」
トーマ君に蜜の入った鍋を押さえてもらいつつ、お湯を加えては混ぜる……また加えては混ぜる。
それを何度か繰り返すと、蜜とお湯が綺麗に混ざり、色味も落ち着いた。
「ほう」
「なんだか……こうやって調薬してるところを見られるのも、恥ずかしいね……」
「なんや、気にすんなや。すごいやんか。これがあん時言ってたやつやろ?」
「うん。トーマ君の助言のおかげで上手くいったよ」
「ありがとう」と伝えながら、トーマ君とは違う方へと一瞬だけ視線を動かす。
その先には僕にしか見えない状態の彼女がいて……その笑顔に、きっと言いたいことは伝わってくれてるんだろう。
僕はそれに満足しながら、その後もトーマ君に手伝ってもらいつつ、なんとか予定していた数を準備することができた。
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