第43話 侵入者

 ボスに挑戦するのは、ジンさん達との顔合わせから2日後の昼過ぎ。

 つまり、明日のお昼だ。


 そこで今日、僕がしないといけないのは、最下級と下級のポーション……その良品を増やすこと。

 あと[薬草(軟膏)]も少し作っておく必要がある。

 これは、顔合わせの際に実物を見せて渡したんだけど、持続性のある回復はボス戦なんかの、戦闘が長引く際に使えるらしい。


「効果時間が2分っていう短さだし、その間は10秒ごとに2%ずつだから、そこまで……とは思ってたんだけどね」

「実物を見たときのジン様……すごい興奮されてましたよね」

「だね。たぶん、ジンさんやアルさんみたいに魔物のすぐ近くで戦う人達は、ポーションなんかをすぐ飲めるわけじゃないし」


 それに、飲まなくて良いから……。

 アルさんはそっちの方が嬉しいのかも知れない。


 そんなことを話したり考えたりしながら、水と薬草入りの蜜を混ぜ合わせていく。

 [薬草(軟膏)]はポーションと違って、混ぜていけばいくほどに堅さを増し、どんどん混ぜるのが難しくなってくる。

 だから、たった2回……計10個を作った時点で、僕の腕は悲鳴を上げていた。


「も、もう……だめ……」

「アキ様、お疲れ様です。ですが……まだ最下級と下級のポーション作成が」

「ぐぅ。少し休ませてー」


 力なく腕を持ち上げて、フラフラと左右に振る。

 そんな僕を見て、彼女は苦笑いのような、少し困ったような……そんな顔を見せた。


「あー……」


 作業台に頭を乗せて、ただボーッとうめき声を上げる。

 そんな僕の視界の外から何やら音が聞こえたけれど……たぶんシルフが次の用意をしてくれてるんだろう。


「はやく、うごかない……と……」


 そう口に出してみても、少し冷たい作業台に熱が奪われ……自然と瞼が落ちてくる。

 はやく……やら、ないと……。



「なんや、寝とるんか」


 不意に聞こえた声に、僕はゆっくりと目を開く。

 もしかして、少し眠ってた……?


「起こしてもーたか、すまんな」

「ん、うん……?」


 寝ぼけ眼を擦りながら声の方へと顔を動かせば、窓のそばで風に揺らめく金の髪が見える。

 あれって……


「って、トーマ君!? あっ!?」


 予想外過ぎる人の登場に慌てて身を起こせば、座ってた椅子からずるりと身体が落ちる。

 地面に落ちる衝撃に耐えるように、僕はとっさに強く目を閉じた。


「っと、あぶないで?」


 ほんのちょっとの衝撃と、すぐ近くから聞こえた声。

 恐る恐る目を開けば、トーマ君の顔がすぐ近くにあって……。


「え? え!?」

「暴れんなや、また落ちるで」


 その言葉に、落ちたくはないと彼の袖を握って力を入れる。

 それがおかしかったのか、少し笑い声を漏らしつつ、彼は僕を地面へと立たせてくれた。


「あ、ありがとう」

「元々の原因は俺やしな。気にすんな」

「……それはそうなんだけど。なんでトーマ君がいるの?」


 調薬をしてる事は伝えてたけど、ここでやってるって事は伝えてなかったはず。


「ああ、確認したいことがあってな」

「確認したいこと?」

「ちょい実物出すわ」


 その言葉と共に、彼はインベントリを操作して、1本の瓶を取り出して渡してくる。

 中身は見たことのない緑色。

 ポーションとは少し違う……光に当てると青っぽくも見える緑だ。

 一応トーマ君に断ってから、僕はそのアイテムを<鑑定>した。


 [風化薬:投げることで旋風つむじかぜを上げる爆薬

 小さな衝撃でも旋風が出ることがあるため、取り扱い注意]


「爆薬……?」

「アキでも知らんか。プレイヤーやない冒険者と話しとったら話題に出てな、1つ買い取ったってわけや」

「なるほど」

「んで、アキなら調薬やっとるし知っとるかと思ったんやけど」


 そう言われてもなぁ……確かに爆薬も薬ではあるけど。

 あ、でも――


「トーマ君」

「あん? なんや」

「ぼ……じゃなくて、私は知らないんだけど、知ってる人なら紹介できるかも」


 つまり、おばちゃんやジェルビンさんのことだ。

 ジェルビンさんとは、またお話したいと思ってたし……ちょうどいいかもしれない。

 そう思っての言葉に、トーマ君は「ほう」と興味を示す。


「明日は約束があるからダメだけど、他の日だったらトーマ君を連れて行くことはできるよ」

「なるほど。せやったら、アキの都合の良い日に行こか」


 僕はそれに頷きつつ、シルフが用意してくれていた鍋を魔導コンロに移し、火をつける。

 トーマ君には申し訳ないんだけど、僕も急がないと時間が……!

 そう、心の中で謝りつつ、まな板の上に薬草を出して刻んでいく。


「――手慣れてんなぁ」


 僕の作業を後ろから眺めていたトーマ君が、そんなことを口から零した。


「ゲーム開始してからずっとやってることだからね」

「ま、ポーション作っとるとは思えへんが」

「料理みたいだよね。場所も台所みたいだし」


 言いながら、さっきとは別の鍋の蜜に薬草を溶かし、コンロ側の鍋に当てていた火を落とす。

 蜜の色が変わるまで薬草を溶かして、お湯が少し冷めたところで蜜の方に混ぜて……


「トーマ君、ごめん。見てるなら、ちょっとこっちの鍋を押さえてて」

「あいよ」


 トーマ君に蜜の入った鍋を押さえてもらいつつ、お湯を加えては混ぜる……また加えては混ぜる。

 それを何度か繰り返すと、蜜とお湯が綺麗に混ざり、色味も落ち着いた。


「ほう」

「なんだか……こうやって調薬してるところを見られるのも、恥ずかしいね……」

「なんや、気にすんなや。すごいやんか。これがあん時言ってたやつやろ?」

「うん。トーマ君の助言のおかげで上手くいったよ」


 「ありがとう」と伝えながら、トーマ君とは違う方へと一瞬だけ視線を動かす。

 その先には僕にしか見えない状態の彼女がいて……その笑顔に、きっと言いたいことは伝わってくれてるんだろう。

 僕はそれに満足しながら、その後もトーマ君に手伝ってもらいつつ、なんとか予定していた数を準備することができた。

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