第33話 盗み聞きも、スキルです?
「アイテムの、状態?」
「せやな。たとえば粉末にしたり――」
「それはやってはいけないやつだ」
トーマ君の案を食い気味に否定する。
いや別に、水に混ぜてから時間を置かなければ大丈夫なんだけど。
そういえば……腐った最下級の即効性がインベントリにまだあったような……。
あれ、ほんとどうしようか?
「お、おう……せやったら他の素材はどないや」
「他の? 蜜とか水とか?」
「せやな。水を替えてみたりはどないや? 氷入れたり、お湯にしたり」
薬草以外の素材の状態を変える……。
確かにそれは試してない気がする!
おばちゃんは水の状態で薬草を入れてたから、薬草は水からって思ってたのかもしれない。
でも、これなら――
「ありえるかもしれない。蜜にしても、溶けやすい温度があるのかも」
「なら次はそれでやってみたらどないや」
「うん! トーマ君、ありがとう!」
椅子に座ったままで、机に当たるくらいに頭を深く下げる。
数秒経って頭を上げると、彼はすごく真剣な顔で目を閉じて静止していた。
「……トーマ君?」
「すまん。ちょい静かに」
「ん? うん」
閉じていた目を片目だけ開き、小さい声でそう指示する彼の雰囲気に飲まれ、僕はよくわからないながらも口を噤んだ。
そうすること数分――突然立ち上がり、僕の腕を掴んだかと思うと、給仕の女の子にお金を渡して外へと向かっていく。
「え、え?」
「場所を変えるまで待ち」
「う、うん?」
トーマ君と
だから、アルさんに引っ張られたときよりは全然楽だし、コケる心配もないんだけど……。
どうしてかこの間から、引っ張られたり撫でられたりが多い気がする。
そんなことを考えていた間に、僕らはお店の外に出て、さらにある程度の距離を歩いていた。
付近に人気が少なくなってきたところで、彼はおもむろに手を離し「ここでええやろ」と、僕へ向き直った。
「な……なにが?」
「最新情報や、アキ。草原にボスが現れたらしいで」
「ボス? 草原の?」
「ああ。
「ふむ……」
トーマ君の話を要約すると、南門を抜けた先にある草原――僕とトーマ君が玉兎を狩ったエリア――に、見たこともない茶色い魔物が出たらしい。
気になって近づいたプレイヤーは、隔離空間に閉じ込められて、魔物と戦わざるをえなくなるみたいだ。
ただ、トーマ君が聞いた噂には、出現条件についての話はなかったみたいで、わかったのはそれだけみたいだった。
「そいや、街の住民の話で隣町に行くことができんって話があったな。これが関係しとるんか?」
「そうなの?」
「ああ。その関係で行商やらが来てへんって話を聞いた覚えがあるわ。……もうちょい詳しゅう聞いてみるか」
トーマ君は誰にいうでもなく、そう話を締める。
けれど僕はひとつだけ気になることがあった。
「その、次の街に行くにはそのボスを倒す必要があるってこと?」
「関係しとるんやったら、その可能性が高いやろな。ただ――」
「ただ?」
「問題は、1回で全員なんか、通るなら倒す必要があるか、で価値が変わるな」
「……?」
首を傾げた僕に笑いつつ、トーマ君は軽く説明をしてくれる。
つまり、誰かがボスを倒すことで全ての問題が解決して、だれでも次の街に行けるようになるのか、それとも、次の街に行くためには行こうとするプレイヤーが、一度はボスを倒す必要があるのか。
その違いで、この情報の価値が変わるらしい。
前者だとすごい価値が高くて、後者だとそこまで価値はないって。
「それで、トーマ君はどうするの?」
「あん? 特になにも? 俺は俺でやりたいことあるし、特にボスに興味もない。詳しい情報が入りゃ知り合いに教える程度やな」
「そ、そうなんだ……」
身も蓋もない返答に、思わず体中から力が抜ける。
そういえば力が抜けたことで思い出したけど――
「トーマ君。さっき、お店で何やってたの? 目を閉じて集中してたみたいだけど」
「ん? ああ、情報収集やで。<聞き耳>ってスキルでな、耳が良くなるんや」
話を聞くと、どうやら<鑑定>と同じく、意識することで効果を発揮するタイプのスキルらしい。
遠くの音が聞こえる、というわけではなくて、欲しい音を選別しやすくなるみたいで、上手く使いこなせば戦っている相手の息や動く瞬間の音も分かるようになるらしい。
でもそれって――
「トーマ君はいったいなにを目指してるの?」
「特になにも。俺は俺が面白いと思ったスキルで遊んでるだけや」
「そ、そう」
僕の不躾な問いに少し笑って、彼はそんなことを言い放つ。
ある意味……本当にゲームを正しく楽しんでるって感じだなぁ……。
それからも止めどなく話を続け、気付いたときには既に日は落ちかけていた。
トーマ君って色々知ってるから、こっちが聞いた事をほとんど知ってるんだよね……。
「そいやアキは薬作ってるんやったか。せやったらこれは有用かもしれんな」
唐突に何かを思い出したように彼が話を切り替える。
「調合用の携帯コンロなんかを売り出してる店があったみたいやで」
「携帯コンロ?」
「ああ。そない大きくない分、火力も抑えめやけど、作業を外で出来るて噂が広まってきとる。それがなんの意味あるんか知らんけど」
携帯コンロ……外で作業……。
もしかすると、即効性みたいに時間で変化するアイテムがあるのかもしれない。
そうなると採取してすぐに処理が必要になるかもしれないし、それなら持っておくのもいいなぁ……。
いや、その前に自分の作業場と作業道具を考えないと。
「アキはなんでか知っとるか? 外での作業」
「多分だけどね。作ったことのあるお薬に、時間で効果が変わるものがあるんだよ」
「ああ、そういうことか。周りに生産してるやつが少なくてな。それならわかるわ」
「お役に立てたなら良かった」
疑問が解消したという感じに彼は頷く。
それからもネタを変え、話を変え、僕らは歩きながら色々と話をした。
けれど、楽しいときは早く過ぎるもので――
「さてと、そんじゃ俺はそろそろ用事あっから」
「ん。今日はありがとう」
「気にすんな。俺も色々聞けて良かったわ」
お互いに手を上げて笑顔を晒す。
それが合図だったみたいに、彼はくるりと背を向けて歩き出した。
僕はそんな彼の背を立ち止まったまま少しの間見送って、おばちゃんのお店へと足を向けた。
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