第32話 相談は肉汁の後に

「また失敗だ……。量や順番じゃないのかな?」


 アルさんと森に行ってから、早くも3日。

 あの日、門が閉まる直前に街へと滑り込んだ僕たちは、そのあと少し話をしてログアウトをした。


 そして、僕は昨日からずっと[下級ポーション(良)]の作り方を探していた。

 というのも、アルさんがあまりにもポーションを飲めないことが判明したからだ。

 [最下級ポーション(良)]ならまだ苦さに顔を歪める程度で済んでいるけれど、[下級ポーション]となると、もう飲み込むことができない。

 絶対むせてしまうようで、戦闘中に使うなんて自殺行為みたいになっていた。


「この間のお礼として、次に会うまでには完成させたいんだけど……」

「全然ですね……」

「そうなんだよね」


 シルフと一緒に、昨日今日と思いつく限りのことを試してみたけど、できあがったのは失敗品の山だけ。

 おばちゃんは飲みにくい・・・・・のが問題って言ってたから、材料を足すとかじゃないとは思うんだよね。

 薬草と蜜と水が上手く混ざっていない状態をどうにかするのが答えなんだろうけど……。


「あー、だめだ。わかんない」

「……アキ様。一度調薬から離れて、気分転換をしてはいかがですか?」

「んーそれもそうだね。煮詰まっちゃってる気がするし」


 シルフの言葉にうな垂れていた体を起こし、いそいそと道具を片付ける。

 でもこの調薬道具も場所も……そろそろ自分でどうにかしていかないとな。

 もうこの世界に来てから約2週間になるんだし。


「街の外に行くほどの元気もないし、今日は街の中にしとこうか」

「でしたら、トーマ様が言われていたお店に行ってみませんか? 玉兎のお店ですが、知らない情報も聞けるかもしれません」

「ふむ……」


 たしかに、昔から情報収集の基本は酒場での聞き込みだったりするよね。

 いや、酒場に行く気はないんだけども、美味しくて人気のお店ならいろんな人が集まってる可能性はあるし。

 それに美味しいものを食べれば何か閃くかもしれないし……今日のところは調薬をお休みして、そっちに集中しようかな!


「よし、ならトーマ君に連絡取ってみようか!」

「はいっ!」


 シルフも楽しみなのか、声を弾ませながら強く頷く。

 そういえばトーマ君って、普段なにやってるんだろう――と、念話を飛ばしながら、そんなことを思った。



「よ、久しぶりやな」


 念話で示し合わせた場所に着くと、先に着いていたらしいトーマ君が片手を上げながら声をかけてきてくれる。

 実は、ちょうど食事に行こうとしていたトーマ君と一緒に行くことになったのだ。


「うん。久しぶり。玉兎の時以来かな?」

「せやな。ま、積もる話は食べながらにしようや」


 そう言って歩き出す彼の後を追うと、ものの数分ほどで目的の場所に到着したみたいだ。

 木で作られた扉を抜けると、すぐにモワッとした匂いが鼻に飛び込んで来る。

 美味しそうに焼けた肉の匂い、そしてほぼ同時に耳に入る男性達の笑い声や怒鳴り声――


「トーマ君。ここって酒場じゃないよね?」

「違うで」

「だ、だよね」


 僕らが入ったお店――モールズの食堂は、名前に食堂と入ってはいるんだけど、正直酒場にしか思えない。

 お客さんなんて大半が男性だし、賑やかだし。


「とりあえず立っててもあれやし、座るで」

「あ、うん」


 空いている席へと座り、トーマ君にお勧めを選んで貰い、給仕をしていた女の子へと注文を伝える。

 お店の雰囲気に負けないみたいに、元気で、それでいて可愛らしい女の子だった。


「あの子、可愛いね」

「ああ、この店のおっさんの娘らしいで。顔は似てへんけど」

「そうなんだ?」

「ま、ここの客のほとんどがあの娘目当てや。ま、料理も美味いんやけどな」


 そう言われて周りを見てみれば、ほとんどのお客さんの視線は彼女の方を向いていて……。

 あ、話しかけた人が、周りの人に怒鳴られてる……怖いなぁ……。


「で、トーマ君もお目当ては彼女なの?」

「は? あんなん興味ないで。俺が気になんはもっとボケッとした鈍くさいやつや」

「……それもどうかと」


 そんな話をしていれば料理ができあがったのか、僕たちの席に例の彼女がやってくる。

 彼女が置いた料理から、肉の焼けるいい匂いが立ち上り、僕の鼻を刺激する。

 そして焼ける肉の音に、僕の目は吸い寄せられるように――


「んじゃ、とりあえず……」

「いただきます!」

「……おう」


 一口噛めば口の中に広がる肉汁と、柔らかい肉の歯ごたえを感じ、思わず目を見開く。

 この間ポーションを飲んだ時にも思ったけれど、凄いリアルな感覚。

 ただ、兎の肉は弾力があるって聞いた覚えがあったんだけど、そこはやっぱり少し違うみたいだった。


「っはー、くったくった」

「ごめんね。わ、私の分まで」

「いや、気にせんでええ。女子には重かったやろうし」


 料理と格闘すること約20分、きっちり綺麗に片付けられた料理を、給仕の女の子が持って行く。

 こんなに人が多くて騒がしいのに、よく見てるなぁ……。


 あと、トーマ君……僕は女子ではないよ。

 一応今の体は女子だけども……。



「んで、今日はなんかあったんか?」

「あー、ちょっと作業に行き詰まってね」


 ピークタイムも過ぎたのか、空席が増えてきた食堂でトーマ君がそう切り出した。


「作業? なんや、なんかやってんの?」

「一応ね。ポーションとかのお薬を作ってるよ」

「はー、そんで?」


 特に驚くこともなく、続きを聞いてくるトーマ君に苦笑しつつ、僕は今作っている[下級ポーション(良)]の話をする。

 もちろんアルさんの話は出さずに、依頼があってという形に変換して、だけども。

 さすがにね、お薬が飲めないからっていうのは、本人が恥ずかしがってたし……言わない方が良いことだと思うし。


「って感じで、一通り思いつくことは試してみたつもりなんだけど……」

「んー……なら全然違うんやないか? 量やら手順やなくてもっと別の。例えば素材の状態・・・・・やったりさ」

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