第34話 温度
目の前の鍋――その中の水が沸騰し、小さな音を立てる。
トーマ君と一緒に出かけたのは昨日のことで、あの後から今にいたるまで……これといった成果は出ていない。
昨日は夕方から作業を再開していたこともあり、試せたのは蜜を温めてから、の方法だけだ。
しかもそれは、とんだ大失敗で……もう少しで大惨事になるところだった。
蜜は温めるとすぐに燃える――つまり、発火する。
そんなことは知らなかっただけに、僕はかなり焦ってしまい、大惨事一歩手前でおばちゃんが助けてくれたのだ。
本当に……あれは酷い出来事だった……。
「っと、そんな感傷は置いといて。シルフ、そっちの鍋を動かないようにしてもらえる?」
「はい」
もうひとつの鍋――薬草と蜜をまぜてあるもの――に対し、なにかしらのストッパーをかけてもらいつつ、僕はお湯を入れていく。
ドバーッとではなく、ゆっくり……お玉を使いながら。
最後の一滴までしっかりと入れ終わったら、引き続きお玉を使いながらぐるぐると混ぜる。
――おや?
「すこし軽い?」
完全に色が変わらなくなったタイミングが、混ざりきったタイミングなので、そこを見極めてから混ぜるのを止める。
色がいつもより少しだけ……鮮やかな気がする?
[下級ポーション:10秒かけてHPが25%回復
実用的な回復量を持つポーション]
「ぐぬ……失敗はしてないけど、成功まではいってない、のか」
「混ぜる所は、いつもよりも順調に混ぜられているようでしたけど……」
「僕もそう思う。方向性は合ってるってことかなぁ」
つまり、水を温める方法がたぶん正解で、あとは温度次第なのかもしれない。
さっきは沸騰したお湯だったから……次からは少しずつ冷ましてやってみよう。
僕は思考に結論を出しながら、ひとまず完成分を瓶に詰め替え、ポーションのストックを作っていく。
もっともコレは、アルさんには渡せないやつなんだけど……。
「よし、それじゃまたやってみようか」
「はい! 水は入れておきました!」
「さすが。ありがとう」
その後も何度か普通の[下級ポーション]を作りつつ、温度を変えて試していく。
明らかに混ざりやすい……水の時よりも、もちろん沸騰したお湯の時よりも。
「でも、今回も[下級ポーション]だね」
「良くなってきていると思うのですが……」
「これよりも、もっと良く混ざるってことかな」
正解に近づいている……けれど、残りの薬草の数も減ってきた。
あとやれるとしても2回、か。
失敗作になってるわけじゃないから、無駄ではないんだけどね……使い道がないだけで。
アルさんは飲めないし、僕も今のところ使うことがないし、アルさんは飲めないし……。
「んー……。一気に温度を下げてみるか」
「先ほどまでは結構熱めでしたよね……?」
「うん。今さらだけど、蜜って燃えやすい――つまり、熱に弱いのかもしれない。だから熱い、よりも少し温かいくらいの温度が良いのかもって」
「なるほど」
もちろん確証はない。
でも、試せる回数はもうほとんどない。
だったら1回、熱いよりも温かいくらいで混ぜやすさを確認した方が良いと思ったのだ。
「ここにお湯を入れて……お?」
入れる先から混ざっていく蜜とお湯。
これは明らかに混ざる速度が早い……もしかすると、もしかするかもしれない。
「わぁ、すごく早いですね! それに色も綺麗です!」
シルフの言葉通り、いつも――いつもは少し透き通った緑色――より色が鮮やかな薄緑色。
それに、混ぜる重さも引っかかりもなく、結果として混ぜ終わる時間も普段より短い気がした。
「よし、これで」
「はい。では冷ましますね」
シルフが風で鍋を冷ましてくれている間に、ポーション用の瓶を取り出しておく。
もし[下級ポーション(良)]が成功したら、次は何をやろうか?
依頼としては、飲みやすい味がついたポーションなんだけど、今のところ方法が全く分からない以上、調べてからになるだろうし。
「アキ様、そろそろ大丈夫かと」
「ん。わかった」
シルフの声で思考から意識を切り替え、鍋の中身を瓶へと移し替えていく。
少しトロみのある液体だけど、いつもよりなめらかでスムーズに瓶に入れ替えることが出来た。
完成品を横から見てみても、今までより綺麗な色……冷ましたからかさっきよりも少しだけ濃い色になっていた。
さて、詳細は――
[下級ポーション(良):10秒かけてHPが30%回復
薬草の必要な部分のみの抽出に成功した、使い勝手の良いポーション]
「やったー!」
「アキ様、おめでとうございます!」
「ありがとう! やっとできたね!」
シルフと万歳しながら詳細を何度も確認してしまう。
[下級ポーション(良)]、うん……間違いない!
あとはこれが……アルさんに飲めるかどうか、だ!
まずは僕自身が飲んでみるとするかな。
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