第16話 恥ずかしさいっぱい

 ――僕ってのは可愛いけれど、女の子なら早めに直しといた方がいい。

 そのおばちゃんの言葉に、少しだけ心が痛む。


 ごめんなさい。

 僕は、女の子じゃ……ないんです。

 なんて、騙しているようなそんな気がして、僕は顔を俯けた。


「なんだい。恥ずかしがってるのかい? 良い機会だからね、気になってたんだよ」


 そんな僕の姿を、おばちゃんは恥ずかしがってると思ったみたいで、そう言葉を続けた。


「え、っと……でも、」

「大丈夫さね! あんたは可愛いからね、わたし・・・って言ってみれば、みんな笑顔になるさ」

「でも、それが良いって言う人も」

「そんなことを言うやつは、大体ちょっと変なやつらさ」


 いわゆる、紳士へんたいというやつですかね?

 僕としても、その人達に喜ばれるのはあまり嬉しくないというか、むしろ出来ればご遠慮したいところではあるのだけど。


 でも――


(アキ様、私の意見になってしまいますが……直しておく方が無難かと思います)

(シルフも? でも、その特殊な人達以外に困る事って……)

(いえ。もしこの先アキ様がお店を持つこととなった際、直しておくことで、一人前として見て貰いやすくなるのではないでしょうか? もちろん大事なのは実力ではあると思いますが……)


 なるほど……確かに、シルフの言う意味もわかる。

 実際、テレビなんかでドラマを見ることもあるけど、男性の俳優さんでも私って言ってる人多いよね。

 むむむ……。


「で、どうするんだい? もちろん条件ではあるからね。あんたがどうしても嫌だっていうなら仕方ない。その場合は今着てる服を脱いで、消臭香の費用を払って貰えばいいだけだね」

「ぐ……。はぁ、わかりました、わかりましたよ」

「うんうん。人間素直なのが一番さね」


 溜息交じりに返事を返せば、おばちゃんは大きく頷いてから笑う。

 そして、仕立て直しが終わったらしい服をまとめて僕……いや、わ、私に渡してくる。

 って、心の中くらいは元のままでもいいよね!


 シルフはそんな僕をみて、苦笑いしていたけれど、そこは見なかったことにしよう。


「ほら、サイズは直してるから着替えておいで。いつまでもブカブカじゃ恥ずかしいだろう?」


 おばちゃんの視線を追って、顔を下に向ければ、ぽっかり開いた胸元……。

 忘れてたけど、これは――。


「き、着替えてきますっ!」


 隠すように渡された服を抱いて、奥の部屋へと走る。

 そうして着替えていると、頭が冷えたのか……不思議なことに気付いた。

 なんであんなに恥ずかしかったんだろう?


 この身体は自分の身体じゃなくて、ゲームのアバターって理解してる。

 でも、胸が小さいって思うとなんだか少し凹むし、さっきみたいにブカブカになってると妙に恥ずかしくなる。

 まるでこのアバターに感覚が引っ張られてるような、変な感じだ。


「アルさんも言ってたけど、気を付けておいた方が良いかもね……」


 何か起きてからじゃ遅いだろうし。

 なんて……そんなことを考えながらも、悩むことも無く着替えられていたことに後から気付いて、すごい驚いたんだけどね。



「あの、着替え……終わりました」


 おばちゃんの後ろから声を掛けると、おばちゃんが振り向いてくれる。


「どうだい、きつかったりはしないかい?」

「あ、はい。大丈夫です」


 答えながら、おばちゃんにさっきまで着ていた服を手渡す。

 おばちゃんはそれをカウンターに置いて、僕の脇や腰に手を当てていく。

 引っ張ったりしてるから、たぶん大丈夫か確かめてるんだと思う。


「うん。大丈夫そうさね」

「おばちゃん、ありがとうございます」

「気にしないでおくれ。条件を飲んでくれた代価だからね。……ほら、あんたも黙ってないでなんか言ってやりな!」


 おばちゃんは僕へと笑顔を向けてから、後ろへと振り返る。

 気付かなかったけど、誰かいるの?


「あ、ああ……。その、似合っていると思う」

「え!? アルさん!? なんで!?」


 おばちゃんの振り向いた先に顔を向ければ、照れたみたいに顔を赤くしながら、頬を掻くアルさんがいた。

 それに驚くと同時に今の自分の服装を思い出して、僕は咄嗟におばちゃんの後ろに隠れた。


 おばちゃんに見られるのはもう仕方ないとしても、他の人に見られるのはまだ恥ずかしい!

 しかもアルさんは僕のことを、男だって知ってるわけだし……。


「あ、いやその、ポーションの補充ついでに進捗なんかを聞こうと思って、な?」


 視線を僕から外しながら、彼にしては珍しいボソボソとした声で答えてくれる。

 というか、その行動は余計恥ずかしくなるんですけど!


「そうかいそうかい。それじゃ私がいたって邪魔だろうし、2人とも台所で話しな。さすがにこれ以上ここで騒がれたら商売の邪魔さ」


 笑いながらも手で払うような仕草を見せてから、おばちゃんはいつもの定位置に腰を下ろす。

 まだ2人きりになるのは恥ずかしいけど、仕方ない……かなぁ。



「で、ポーションの状態はどうなった?」


 台所に場所を移し、僕らは作業台を挟んで座る。

 台所は僕が気絶した状態のままではなく、おばちゃんが片付けてくれたからか綺麗になっていた。

 作業台の上に置いたままだった瓶や、コンロの上の鍋なんかも片付けられていて、僕は心の中でおばちゃんに感謝しながら、インベントリを操作した。


「これが最下級の手順を少し見直して、質が良くなったやつね。まだその、わ……わ、たしの方で飲んではないから、味がどうなってるのかは分からないんだけど……」

「ん? あ、ああ。どれ……説明文を見るには少し苦味が抑えられてるみたいだな」


 僕が取り出した[最下級ポーション(良)]を手に取りつつ、アルさんは小さく頷く。

 ……一瞬変な顔をしたけど、突っ込まないでくれたのはアルさんなりの優しさだろうか?


「飲んでみても良いか?」

「あ、うん。どうぞ」


 「ああ」と決意を固めた表情を見せてから、彼は瓶を傾け一気にあおる。

 やっぱり苦味はあるのか、少し顔を歪ませてはいたけど、吐くこともなく全部を飲みきった。


「ぐ……」

「ど、どうかな?」

「苦いのは苦い……が、今までの最下級よりは幾分以上にマシだな」

「良かった……」

「ひとまずコレの量産を頼めるか?」

「うん。作業手順も完成してるから大丈夫だと思う」


 悩むこと無く快諾する僕の姿に驚いたのか、少し目を見開いてから彼は頷く。

 そしてなにかを操作するように手を動かした直後、ドサッと薬草の束が作業台の上に現れた。

 これ、全部で何個あるの……?


「とりあえず今持っている材料を渡しておく。報酬は完成品と引き換えに渡すが、それでいいか?」

「えと……たぶん」

「まぁ、問題無いだろう。なにかあれば念話でも飛ばしてくれればいい」


 金額の話はおばちゃんと、と伝えれば、それで構わないと返ってくる。

 おばちゃんなら信用できるってことなんだろうけど……。

 その後も少しだけ話をしてから、アルさんを店の外に見送った。


 さて、とにかく作らないとね。

 それにしても、貰った分を全部ポーションにすれば、調薬のレベルが結構上がりそうな気がするなぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る