第15話 初体験
「ん、う……ん……」
「おや、やっと起きたかい」
気付かないうちに眠っていたらしい僕が目を覚ますと、近くから声がかけられる。
寝ぼけ眼を擦りながら声がした方へと顔を向けると、おばちゃんが椅子に座って糸玉を作っていた。
「店の奥だったからいいものの、女の子が無防備に倒れてちゃ危ないったらないね。まぁ大方、初めて作った下級の即効性にやられたんだろうけどね」
「あ、あはは……。その通り過ぎて、反論もできません……」
おばちゃんが言うには、何かが倒れたような物音と一緒にものすごい異臭が店まで流れてきたことで、事の次第に気付いたらしい。
どうも、下級の即効性ポーションで人が倒れるのは良くある話みたいだ。
実際、あの臭いは……なんとも言い難いすさまじい臭いで、思い出すだけでまた意識を手放してしまいそうだし。
「今は消臭香を炊いてるからそこまで気にはならないけど、効果が切れる前に身体洗って臭い落としてきな」
そう言って、おばちゃんは立ち上がり、僕へと布を渡してくる。
どうみても服なんですが、それは……。
「服も一緒に洗って、それに着替えておいで。乾かす間に着るもの、持ってないだろう?」
「あ、えと……それは、その……」
「大丈夫大丈夫。私が若い頃の服だからね。サイズは……」
なんでそこで言いよどむんですかね……?
言わんとしていることはわかるけど、わかるけど!
それに水を浴びるってことは裸になるってことで……一応このゲームではシステム上、裸になることは可能だけど……。
公共の場には出れないように制限がかかってはいるし、他人の裸も許可がない限り見れないようにはなってるけど。
――僕にとっては、自分の身体だけど自分の身体っていうか他人の身体っていうか、女の子の身体だし、その。
「ほら、何ぼーっと突っ立てんだい。もうすぐ香の効果も切れるからね、さっさと行かなきゃ今度は自分の臭いにやられるよ」
「ひぅっ!?」
自分の臭いにやられて倒れるのは、いくらなんでも嫌な倒れ方。
仕方ない、そうこれは仕方ないのだ……。
覚悟を決めて、行きますか……!
◇
「まってシルフちょっと、そこはまって自分で!」
「大丈夫です、任せください! アキ様はじっとしててくださいね」
「ちょっ、まってあの! ひ……っ!」
シルフの小さい手が、スルリと僕の身体を撫でる。
ただそれだけのことで。
◇
「う、うぅ……僕もうお嫁に、行く気はないけど、いけない……」
まさか女の子の身体があんなに敏感だなんて、知りたくなかった……。
少し水を浴びるだけで、シルフに身体を洗われるだけで、ただそのくらいのことで……何度気絶するかと思った。
(アキ様のお肌。とてもお綺麗でした……)
「恥ずかしいから言わないで……」
(本当の事ですから!)
「いいから! たとえ本当のことでも言わないで!」
恥ずかしがってる僕が面白いのか、笑みを深くしていくシルフを少し睨みつつ、おばちゃんから借りた服に袖を通していく。
袖を通すって言っても、袖は無いんだけど。
「ってこれ、ワンピースじゃん……」
着てから気付くのはたぶん遅いんだけど、それくらい精神が摩耗していたんだと思う。
その、膝上ちょっとくらいの短いスカートの……。
「お腹冷えそう……」
(風に関してはお任せください。鉄壁のガードでめくれたりしないようにしますので!)
「うん。お願いします」
(はい! でも、その、そこは大丈夫なんですが……その、)
「言わなくてもわかるから、言わないで」
そう、丈はちょうどいいんだ。
膝上で少し短く感じるところとか、人生初スカートとか、そういったことはもういいんだ……。
ただ、ひとつを除いて。
「このブカブカっぷりはひどいよね……」
どこが、って胸がですよ。
いや別に胸がほしいとかではなくて、現実では男だから無くてもいいんですけど!
無くてもいいんですけど!
ただなんていうか、ここまで見事にスカスカだと少しくらいは……見た目的にもほしいかなっていう、その、ね?
「ほら、握った両手が入るのは」
(ご自分をそれ以上虐めないであげてください……これから、これからですよ!)
「これからもいらないよ!」
でも、シルフの言う通り、これ以上は僕自身に癒えない傷が増えそうだし、やめとこう……。
いや僕は男だから、無いのが当たり前だから、うん、うん……。
◇
「あら、おかえり。臭いは取れたみたいだね」
「おかげさまで助かりました。ありがとうございます」
「うんうん。渡した服も、まぁ……一部分を除いてはちょうどいいみたいだし、ひとまず乾くまではそれを使いな」
そう言って、おばちゃんは中断していた作業へと戻る。
手元を見てみれば、さっきまで作っていた糸玉も使って、今度は何かを縫ってるみたいだ。
「おばちゃんは? 何をしてるんです?」
「ん? 私の若いときの服を直してるのさ」
「なんでまた?」
「……あんた、服はさっきのひとつしか持ってないんだろう? 調薬はいろんなモノを使うからね。何着か丈夫なのを持っとくもんさ」
「え? 僕の?」
「そうさい。あんたにあげるためだよ」
呆ける僕に、おばちゃんは笑う。
でもそれは、貰いすぎだ。
「その、台所を使わせて貰ったり、採取道具とか、調合のやり方とか……お世話になりっぱなしで」
「なに、気にしないでいいからね。私が勝手にやってることさね」
僕の言葉に、おばちゃんは気にしてないよ、と首を振る。
「でも、」
「まぁそうさね。だったら条件をつけようかね」
「ん? 条件?」
「そうさ。今までの分に関しては、もう充分に返してもらったよ。けど、この後渡す服や、今着ている服。あとは、そうさね……さっきの消臭香の分をタダにする条件ってのはどうだい?」
ぐ……服だけだったら断れるかと思ったけど、すでに使ってる消臭香の分もと言われると、さすがに断れない。
そんな僕の思いを知ってか、おばちゃんは僕へ笑い顔を向けてくる。
「……わかりました」
「うん、良い子だね。条件は、そうさね……言葉遣いを直しなさい」
「え?」
「あんた折角可愛いんだから、もっとちゃんとした言葉を使いな。僕ってのは可愛いけれど、女の子なら早めに直しといた方がいいさ」
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