第5話後編 訓練所

「アキ様。行きましょう」


 シルフがゆっくりと手を離し、僕に向かって笑いかけてくる。

 右手に戻った印をもう1度だけ確認して、僕は静かに頷いた。




 中央の広場から伸びる大通りを北側へまっすぐ歩くと、少しだけ開けた場所がある。

 訓練所と書かれた門と、そこから伸びる木の柵で仕切られたそこは、今も多くの人が立てられたカカシを相手に武器を振っていた。


「おぉ……。前に見た時より人が多い……」


 柵の近くに立ってよくよく見てみれば、何ヵ所かは空いてるみたいだけど……。


(おば様は確か……、兵士の方におば様の紹介と、お伝えすれば手伝ってくれると言ってましたよね?)

(そういえばそうだったね。門の近くにいるみたいだし、聞いてみよっか)


 柵から離れて、門の方へ向かう。

 門も木で作られていて、その門の傍に兵士さんが一人立っていた。

 めんどくさそうに欠伸までしてる……。


「あのー……」

「ん? ここは訓練所だが、何か用か?」


 質素な皮鎧に、腰からぶら下げた剣、頭に防具はつけていないけれど、いかにもって感じの兵士さんが僕の方を見た。


「いえ、あの……。訓練をしたいのですが……」

「それなら、中で勝手にカカシ相手にしてくれりゃいいんだが……」

「その、僕……まだ武器とか持ったこともなくて……」

「ん? お前さん、外からの住民だよな?」

「そうですけど……。やっぱり珍しいですか?」


 僕の言葉に、兵士のおじさんは力強く頷いてから、一般的な外からの住民プレイヤーについて教えてくれた。

 どうもおじさんの話では、大体のプレイヤーは最低1つ、人によっては3つくらいの戦闘スキルを最初から身に付けているらしい。

 まぁ、いくらスキルレベルが高くても、実力が伴わなきゃ弱いってことらしいけど……。


 ただ、スキルを持ってると精霊の存在を感じにくくなるから、一長一短ってところなのかなぁ……。

 実際、さっきまではシルフが実体化してくれるまではシルフの存在が分かりにくかったわけだし……。

 今はまた契約できたから、普通にわかるんだけど……。


「つまり、お前さんは戦い方を覚えにきたってことか?」

「あ、はい。おばちゃんがここで教えてもらえって」

「おばちゃん? だれだそりゃ」

「えーっと……、雑貨屋の……アルジェリアさん?」

「アルジェの、姐さんだと……?」


 そう呟いて、兵士のおじさんは天を仰ぐ。

 えっと、やっぱりおばちゃんって……、何かすごい人なんじゃ……。


(私もそう思います……)


 シルフもおばちゃんのことを思い出したのか、僕の後ろで少し震えていた。

 そんなに怖がらなくても……。


「はぁ……。あの人の紹介ってことなら、俺が訓練に付き合ってやるよ」

「え!? いいんですか!?」

「むしろ、手伝わなきゃ俺が怒られちまう。それに……」

「ん?」

「教えてやるのは普通の戦闘術じゃない。採取や剥ぎ取りに特化した戦闘術だ」

「採取や、剥ぎ取りに……?」


 詳しく聞けば、要は採取に使う道具で敵を倒す戦い方、らしい。

 つまり、草刈鎌やツルハシ、木工用のノミや木槌など、本来ではおおよそ武器としては使いにくく、耐久性も心許ない物だが、扱い方次第では本来の武器にも負けないポテンシャルがあるらしい。


「こいつのメリットとしては、わざわざ武器を携帯しなくても良いってことと、採取活動の中でスキルを磨けるってことだな」


 もちろん、レベルが高くても戦闘の経験が浅かったら意味がないけどな、とおじさんは豪快に笑った。


「それって、たとえば草刈鎌に分銅をつけたり……、大きい鎌にしたりとかは……?」

「それがダメなんだよなぁ……」


 どうも、スキルの対象になる道具が、採取道具に限定されるみたいで『道具にもなる武器』は対象外らしい。

 細かい制限が多いみたいだけど、採取道具を使った戦闘術……か。


(現状、アキ様にとっては有益なスキルかも知れませんよ?)


 そう言って、シルフも僕にお勧めしてくれる。

 実際、やりたいと思う武器もなかったわけだし……、これはこれでありなのかもしれない。


「で、どうする?」

「……やってみようかと、思います」

「よっしゃ、そんじゃ教えてやるよ。<戦闘採取術>ってやつをよ!」


 そう言って胸を張ったおじさんに、僕は頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る