第34話 21ji to Kinme

 翌日、時間を指定しなかったことを後悔しながら電話を待った。やっと電話を受けて居酒屋に着いた時には二一時を過ぎていた。レオはそこで勤務中だったので、おれに驚き、彼女の席に通すのを躊躇した。すかさずマホナがおれを見つけ、おれの手を引っ張って席に着かせた。はす向かいにスナックの客が深々と座っていた。挨拶をすると、「彼女から話は聞いています」と男は言った。マホナは男の隣に浅く座り、おれと喋るために火照った顔をぐっと突き出した。

「ねぇ聞いて、松本さんはね、海を一望できるすごい別荘もっているの。そこでマホナおいしい金目鯛食べさしてもらったのよ」

「そうなんだレオナさん」

「えっ・・・・・・マホナでいいの! 松本さんは色々話したから」

 おれは不満を隠すために慌てて取り繕った、

「おれ、キンメが大好物なんだけど、こっちでは美味しいの食べれてないな。駅前の回転寿司もいまいちだったし」

「え、うそ、マホナが食べたのはみんな美味しかったわよ? 郵便局のところは行った?」

「行ってない」

「本屋の隣は?」

「行ってない」

「じゃーあ、」

「どこも行ってない」

「ちょっと! マホナが折角、良い所教えてあげようと思っているのに! 絶対行った方がいいわよ、ねー、松本さん? 郵便局のところのお寿司」

「あそこはいいね」と男。

「ほおらね」と勝ち誇ったようにマホナ。

「うるせえ! いいところばっかり連れてってもらいやがって、いい気になってんじゃねえ!」

 出来上がっているマホナは大声で笑った。

町を食べ尽くした彼女と、さまよい尽くしたおれ、充実度を比べれば勝敗は明らかだったが、相手を想う苦悩が近況を競わせるのかもしれない。ともすれば、これほど素直な好意はない。

 松本は、白いポロシャツを着た、細身で焼けている三十代後半で、椅子に深く座ったまま、無理に会話に入ってくる体勢はとらなかった。マホナが同意を求めた時は、それに優しく頷いた。まるで娘に信頼を置いているお父さんのようだった。

 お皿を下げる為に来るレオは、うつろな目をしていた。マホナの声が大きくなる度に、レオの背中がこっちに意識を向けているのがわかった。

 おれは一杯飲み終えて、店を出た。たった一杯で酔っぱらったのだろうか、マホナの心は冷静になれば答えが見つかるクイズみたいなものに思えた。おれが一番だ。有頂天になりながらバイトに向かった。

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