第33話 Ika to jazu

 コンビニのトイレを掃除しながら、ふと、ある作戦を思い付いた、気の利いた敗戦処理にはなる、と思った。

 朝、家に返ってきて横になったがなかなか寝付けないでいた。珍しく思いつきを忘れてはいなかった。決心して部屋を飛び出した。クラクションを鳴らしながらやってくる車やバスを避けながら、ペダルをこぎまくった。

 毎日、車で通った浜は想像よりずっと遠くにあった。自転車でなく、ヒッチハイクで来ることも考えたが、何でも出来るような暑さはもうどこかにいってしまっていた。それに、住人として変なことをできないという責任感もあった。浜を横切りながら、オヤジが目と鼻の先にいると思うと、自分が場違いな気がして緊張した。白浜にも行きたいと思っていたが、来てみるとそんな気持ちにはなれなかった。神社に着いた。干支をぬいぐるみにしたキーホルダーを二つ買った。以前たまに食べた出店のイカ焼きを頬張りながら、今度は駅に向かった。夜勤に慣れた体が、日光は毒だと訴えだして、ドラキュラになった気分だった。駅の窓口で切符を買って帰宅した。

 正午を回っていたが、この日楽しみにしていたことがあった。急いでギターの弦を張り替えて、町内掲示板で見つけたフリージャズフェスタの会場に行った。

 開演中、電話がかかってきて、マホナが「レオと今からそっち行く」と言った時、おれは反射的に叫んだ「待ってても良いけどエッチはするなっ」。すると、マホナが爆笑した、「しねーよ」。

 もう一つ気になったのが、さっき買って玄関に置きっぱなしのお守りの存在だった。買ったとき貰った二つのポチ袋にそれぞれレオとマホナの名前を書き、マホナの方には東京行きの切符をしのばせて置いてある。

 即興ジャズの不協和音が、不安を掻き立てた。結局演奏者としては参加せず、公演時間の半分ほどを我慢しながら聞いて、イライラしながら部屋へ戻った。

 玄関に置いたお守りは見事に無くなっていた。マホナとレオはリビングの上で直に寝ていた。二人の間に距離があるのが救いだった。おれはすることなく二人を眺めながら部屋の角に座った。マホナは見せたことのないデニムのショートパンツを履いていた。惚れ惚れする足だった。足は日焼けしたふくらはぎから尻へ吸い込まれるように白くなっている。さわりたい。さわりたい。さわりたい。さわりたい。つい先週までこれを堪能していたのは本当だろうか? 世界の好奇心の源が目と鼻の先にある。獅子に守られながら。窓から窓へ涼しい風が流れ始めた。いつもこの時間にやってくる風だった。

「浜のパーティーに参加しに戻ってきたんだろ?」とおれは言った。

「最後に選ばれるのは理性があるやつだ」ともう一人のおれは言った。

 起きたら二人は居なかった。代わりに電話が鳴っていた。

「いつの間に帰ったの?」

「もうだいぶ前、あんたよく寝ていたわ」とマホナは言った。「ところで、明日時間ございますか?」

「なに?」

「居酒屋に来て、明日スナック休みなの、マホナのお客さんがおごってくれるって」

「わかった。いく」

「明日連絡するわ」

「待って」おれは言った。「切符受け取った?」

「うん。一緒には行けないわよ。仕事あるし」

「うん。わかった。じゃあ」

「こっちから電話するわ、じゃあね」

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