第27話 Alright to Cyndi
「引っ越しにいくらかかった? 約束通り半分出そう」
そう言ったのはマホナではなく山崎店長だった。おれはその申し出に驚いた。そんな約束した覚えはなかったが、ありがたく頂戴して必要とされているうちは続けようと思った。一方、マホナは、刑務所の生活費を入れなきゃいけない、と言い出した。やれやれ。期待はしてなかったが、結果オーライと捉えなければ。
生活は完全に夜勤中心になった。廃棄のパンやおにぎりを持ち帰り、一人でいるときはそれで足らした。マホナが来たときは線路沿いのぼろい中華飯店に食べに行った。
そこはマホナが選んだ店だった。いつも夕方入ることもあって他の客は見なかった。カウンターは「少年ジャンプ」が占領し、よく蚊取り線香が焚かれていた。高い位置にあるブラウン管テレビはいつもオリンピックで、実況がBGMだった。
「東京にもこんな店があれば毎日通うのにな」
マホナがどこを見てそう思ったのか、考えてもわからなかった。特徴がなくとも、これを「素朴」と呼ぶには清潔感が足りなかった。おれは、マホナがここのどこだか特定する必要がないような安堵感を好んでいるのだ、と決めつけた。
そんな中で、彼女が「おれと話す」か、ただ黙ってさえいてくれれば至福だった。だいたい、店を出てから、向かいのゴミ収集車の車庫の臭いで、自分がどこにいるかを思い出した。マホナが口を開くと出るのはスナックとレオ、それとマホナが東京のストーカーさんと呼ぶ人物、の愚痴ばかりだった。彼女の喋りは、回転の速さと自在のトーンと抑揚で、相手を引き込む力があった。しかし、その忙しない話し方は相手が相手の世界に浸ろうものなら引きずり出そう、という悪意を感じられる時もあった。それは度々おれの至福を妨害した。注文した料理を殆どマホナは食べなかった。世の中の食材の半分くらい食べず嫌いに違いない。「食べてみな」。彼女は、俺のレバニラのレバーを一つ口に運んだ、
「美味しい! 初めて食べた。ここのレバニラなら食べられる」
マホナがその店でラーメン以外を食べたのはそれが最初で最後。毎回マホナがよけたナルトとメンマ、それと残った麺をおれは食べた。
話をローソンに戻すとオヤジたちと顔を合わせるのは全く問題なかった。菊池は意識していたかもしれない、一人車で待っていることが増えた。オヤジの髭はアラブ的な風格を供え、菊池の髪は潮風で縮れた鳥の巣パーマになっていた。彼らはチンピラ風のサーファー二人を仲間に入れ、繁忙期を戦っていた。話によると、同業者の間で予め順番を決めて客を取る談合が結ばれたという。それを聞いた時は、浜に残らなくて良かったと思った。
ある日、長髪の海パン男がレジにコンドームを持って来た、
「おいおい、何やってんだよここで、毎日、パーティーだぜ。早く戻って来いよ」
「楽しそうだな」
浜で見た顔だった。男は終始楽しげに店から出て行った。浜のことを考えるよりも、マホナのことを考える自分を正当化する方が、ただ単純に楽だった。接点は少なかったはずなのに、ざっくばらんに話しかけてくれた男の粋が心地よかった。
「まるで娼婦だな」
「えっ!」マホナは丸く目を見開いた。「何でわかったの? マホナがなりたいのは娼婦なの。シンディーローパーみたいな。でも気をつけて」興奮を一転、真顔になった。「マホナを好きになるとみんな頭おかしくなっちゃうから」
「さげまんなんだ」
「は、そんなわけないでしょ。マホナと付き合っていた舞台役者はね、大役が決まったのよ。毎日一緒に練習していたから、マホナの方が上手で、それが良かったのよ」
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