第25話 Monban to Symbal
翌朝、自転車を貸してもらい、教えてもらったリサイクルショップに向かった。旧市街は、この町に多く残る古い倉を活かした店や小さな旅館などが密集している。路地で旅行者とすれ違う度に、鼻高々に自転車を押していたが、すぐに迷った。近くにお年寄りが通りかかったので、同じ町民として挨拶がてら道を聞いたは良いが、「リサイクルショップ」と言うとうまく伝わずに怖がられ、食い下がるように「中古の店」と言い直し、やっと教わることができた。
中古の店は、オーディオ、エロビデオ、引き出物、などなど、ありとあらゆる物が乱雑に押し詰められた、田舎にありがちな中古の店だった。雑巾、トイレットペーパー、敷き布団、洗濯ばさみ、それと、とても重たい扇風機を買った。店の人が、紐を巧みに使い、それら全てを自転車に縛り付けてくれた。
帰宅後、買ったものを畳に広げ、眠れなかった分を取り戻そうとしている時に、マホナから電話があって駅で待ち合わせた。
「やっほお」
「うち来る?」
「お祝いしなきゃ」マホナは酎ハイの入ったビニール袋を持ち上げた。
手を繋いで歩くおれたち二人の前に、花壇に水をやる棟梁の夫人が、門番のように立ちはだかった。
「こんにちは」と先に言って、続きを悩んでいると、
「お世話になっています。許嫁のマホナです」とマホナが言った。
「あら、はじめまして」夫人も笑顔を返した。
イイナズケ・・・・・・ おれは階段を上りながら、感心を通り越して少し怖くなった。
「ほらっ」おれはドアを開けた。
「すてき! こんな部屋に住むのが、ずっと夢だったの!」
マホナは先に部屋に上がり、ドアというドアを開けた。
「ウィーズの家具を並べなきゃ、下北の。絶対似合うでしょ」
「うん。絶対似合うよ」
「下北沢にとってもお洒落なお店があるの。家具を買うときはマホナに相談しなきゃダメよ。アンティーク調で統一するから。わかった?」
「うん。見て、この扇風機は本物のアンティークだよ。戦前生まれの日本製。ちゃんと首も回るよ」
「そういうの大好き。アルコールランプと古い机があるともっと素敵になるわね」
「家具はそんなに置けないな。どれだけ住むかも、まだわからないわけだし」
「いいわよ、マホナが買うから、後で家賃も半分出してあげる」マホナは自分の居場所だと認めたように布団に座って煙草に火をつけた。
「へぇ」
「ねぇ、彼女の写メとか持ってないの?」
「写真じゃないけど」
おれは携帯電話を開いて投げた。
「投げないで! ・・・・・・って、すごくない? マホナキャッチした!」
「友達のソフトボール部に入ってやるべきだったんじゃない?」
マホナはわけのわからない顔をした。
「ほら、ケイコだったっけ? 部活頑張ってた友達」
「マホナそんなこと言った? すぐ忘れちゃうの。ボールなんて痛いから絶対いや」と言いながら、すでに携帯電話を覗き込んでいた。「これじゃわかんない」
「そのままだよ」
「絵は下手じゃないみたいだけど」
「戦争中の貧しい子供みたいじゃない?」
「ブーちゃんだって事はわかった」
「可愛いよ」
「何人つき合ったの?」
「彼女だけ、ひとり」
「嘘言わないで」
「嘘つきはそんなにいないよ」
マホナは携帯電話を閉じて差し出した、
「だったら! こんなことしていちゃダメよ! あんた一生後悔するわよ!」
「こんなことって、何?」
おれは、受け取った携帯電話をはねのけ、女のもう片方の手に持つ、絶え間なく吸い続ける煙草を、手ごと奪って、空き缶に持っていった。そのまま胸を突き合わせた状態で唇にキスすると、女はいとも簡単に下になった。マホナの体は煙草の煙で膨らんだ風船みたいだった。全身の穴という穴から煙草の臭いが強烈に吹き出していた。おれのキスを阻むために煙草を吸いまくっているのだと思った。顔を逸らせながら女の下半身に手を伸ばした。
「ねえ、ちょっと待ちな、待ちなってば」マホナは理性を失った獣に聞かせるように大げさに言った。「生じゃやらないからね」
「買ってある」
「何?」
「ゴム」
「何それ?」
「コンドーム」
「何で!」
「さっき買った。眉毛の脱色剤と一緒に」
「超うける」マホナは、シンバルを叩く猿の玩具のように、手を叩いて笑った。
おれたちは再び横になった。
「濡れない人だと思ってた」
「え? あーあの時は声が出ちゃうから我慢したの」
「便利なんだ」
「そんなことより、酷いわきがね」
「この匂いがくせになるらしいよ」
帰り際、女は捨て台詞を残した、
「好きな人としかしないからね」
「知ってる」誰もいない玄関に向かって言った。「そんな言葉に意味がないことくらい」
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