第6話 Alcohol to Hippie

 やっと一二時、この仕事は腹がへる。

「これでみんなの分頼む、ちょっと多めに買っていいぞ」とオヤジ。おれはオヤジからお金を受け取った。

 サンクスは外まで列が出来ていて、中では誰もが並んだまま商品を選ばなければならなかった。

「社長はどれにしますか?」おれは買ってきたものをジャグの上に乗せ、中を覗いた。

「俺はおにぎり二個あれゃ十分なんだ」とオヤジ。

「少なすぎます。蒸し野菜もどうですか?」

「そんな食えねえよ」

「社長用に買ったんです、ほらこれ美味しそじゃないですか」

「たまには悪くねえか」

「菊池さんはどれにしますか?」

「残ったやつでいいよ」

「あの夫婦はどこいったんですか?」とおれ。

「すれ違わなかったか? いいからお前、先に食っちまえ」とオヤジ。

 袋から一番ボリュームがある唐揚げ弁当を取りだし、残りを菊池に渡すと、オヤジと菊池がしているようにベッドを広げて、飯を頬張った。

「冷えていますよ社長!」

 くすぐったい声だった。

 振り向くと、マホナが白いワンピースの大きなスカートを両手で捲し上げ、スカートで作ったハンモックに何かを入れていた。そのうち一つをオヤジが取った。酎ハイだった。「気が利くな」

 弁当容器を捨てに立つと、「あなたも」とマホナが言った。「親友としか飲まないんだ」とおれは言って、ベッドに横たわり目をつぶった。

 何かが二の腕に触れた、「痛っ!」いや、冷たい!

「おめぇ、いいから開けろっつってんだろ!」とマホナは寝ているおれに怒鳴った。その表情が、凹凸のない金の眉を必死くねらせるものだから、怒れば怒るほど変てこだった。

「わかった、わかった、飲むよ。ありがとう」小さな声で付け加えた、「酔っぱらい」

「何か言った?」

「言ってない」

「いー子いー子」

 夫婦で全員分の酎ハイを買ってきていた。菊池も、ここでは、と渋ったが、結局オヤジに許可を仰ぎ、全員で乾杯した。


 お昼を過ぎて、サンクスの列はさっきの半分になっていた。

「うちは手が足りている」とサンクスの店長は言った。

 次は上のホテルだ。

 白浜を見下ろすホテルは、浜から見るより大きくて中も綺麗だった。「人事をお呼びいたします」と言われ、右往左往している間に場違いな気がしてきた。海と反対側が日本庭園で、ロビーのどこにいても見渡せるよう一面ガラス張りになっていた。そこに映る自分の姿を久々に意識して見た。半袖、海パン、ビーサン。これらは出直しても変えようがないが、膝の砂はどうにかすべきだった。カーペットの上で叩くわけにはいかない。辺りを見渡した。「なんてこった」。フロント係は全員、若く、満点の笑顔ができていた。考えるのは止めにして、しばらくフロントを眺めた。

「お待たせいたしました」

 担当者が現れた時、おれは早くも体半分逃げ出していた。

「申し訳ございませんが、ただいま募集はいたしておりません」

 丁寧な答えが聞けて安心した。出口に向かいながら、見つけておいたとびきり可愛いフロント係に手を振ると、はにかんだ笑みが帰ってきた。天国みたいだった。幸せな気持ちのまま日差しの中へ入ると、透明人間になった気がした。アルコールも悪くないと思った。


 浜に戻り、近づいてきた夫婦に笑いかけた。

「もうあんな馬鹿なこと言わないで」

「え?」

「出されたものは受け取りな」とマホナ。

「いいからいいから、はい」レオは、この日二本目となる酎ハイをおれに差し出した。

「私たちはヒッピーなの、この夏はレオのフューチャーでフェスを回るのよ、いいでしょ」

「いいね」

「あなたも一緒も来るでしょ? どこに行っても会場に着けば友達がいて良くしてくれるわよ」

「働いてたらいけないでしょ」

「そんなのどうにでもなるわ、アサギリジャムはここから近いんだから、そうでしょ?」

 おれはレオを見たが、二人は意に介さない、

「わかんない。それ有名なの?」とおれ。

「有名? うーん、なのかなー・・・・・・あなたなら絶対わかると思って言ったのだけど」

 彼らの馴れ馴れしさも海では何ら違和感なく、この小さな金髪がもつ威勢は、不思議と心地良い。

「マホナ、人の邪魔ばかりしちゃあいけないよ」とやっとレオが口を挟んだ。

「邪魔じゃないでしょ? ねー? レオのバーカ」

 レオは背中を向けた。

「え、ちょっと、なんで、一人にしないで」


 仕事中も二人は離れないので手を抜いているように見えたが、客には爽やかなカップルとして評判が良かった。

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