第381話 ◆葵さんの秘密
◆葵さんの秘密
実は葵さんもあたしと同じ世界から、こっちの世界に飛ばされてしまったうちの一人である。
あたしが葵さんと初めてあったのは、とある造船業の盛んな国の港町だった。
葵さんは、その港町にあるカフェのメイドさんだったのだ。
しかも、そのお店のマスターと結婚していて、もう元の世界へは帰らないと言っていたので、あたしは正直驚いた。
今でこそ、あたしも向こうには帰らないと決めたのだけれど、葵さんと会ったとき、あたしはまだ帰る方法を探す旅をしていた。
・・・
あたし リンデン・葵は、夫に秘密にしていることが一つだけある。
それは、こっちの世界に飛ばされて来て、まだ右も左も分からないで、ほとほと困っていたころの話しだ。
お金は一銭も無く、着のみ着のままで街中を足が痛くなるまでさ迷い続け、海に沈んで行く夕陽を見ながら途方に暮れて居た時に男から声をかけられた。
そこのお嬢さん、何かお困りのようだが、俺で良ければ相談に乗ってもいいぜ。
あたしは、どうせ信じてもらえないだろうと思ったが、藁にもすがる思いでその男に自分の身に起きていることを話した。
すると男は意外にも、あたしの話しを最後までちゃんと聞いてくれたのだった。
男はそのうえで、あたしを仲間に誘ってくれた。
あたしは生きて行くためには、もうその男の仲間になるしかないと思った。
知らない男について行くのは、ほんとうに怖かった。
でも、男は自分に対して何の要求もせず、住む家や服や当座の生活費などを工面してくれた。
一月くらいが経ったころ、男がもう一人の知らない男を家に連れて来た。
そして、もう一人の男は、あたしにいきなり吹き矢と毒針を渡し、ある女を殺せと命令してきた。
あたしはほんとうに驚いて、人殺しなんか絶対にできないと断った。
すると男たちは、あたしを柱に縛り付け、鞭で何度もあたしを打ち付けて来たのだ。
あたしは、想像を絶する痛みで何度も気を失ったが、そのたびに水をかけられ、気が付けばまた鞭で打たれた。
そして男たちは、これでもお前がやらないというのなら、今日でお前は死ぬことなると言った。
気が付けば、あたしは泣きながら、その殺人を引き受けていた。
女を殺すのは簡単だった。
女が伯爵だという男と密会したあと、そっとその後をつけて女が人気のない路地に入ったところを吹き矢で襲った。
毒針つきの小さな矢は、音も無く女の首に刺さり、その猛毒は女の命をたった3秒で奪った。
その後も3か月に一人くらいの頻度で、あたしは人を殺した。
そしてあたしは正体不明のまま、人々からダークネス・アローと呼ばれ恐れられた。
2年が過ぎたころ、こちらの世界のこともいろいろ分かって来たあたしは、組織から逃げる決心をする。
ある女を殺せとの命令を受け、その女のところに行くと見せかけて、そのまま国外へ逃亡することにしたのだ。
あたしは兼ねてから大陸間を行き来する貨物船の炊事係に応募しており、調理担当として密かに乗船した。
そうして旅をするちに、あたしはある港町のカフェにメイドとして、住み込みで働くことが出来た。
そこのマスターが今のあたしの夫なのだ。
・・・
平和に暮らしていたあたしの元に、突然あの男がやって来た。
そしてある女を殺せ、もし拒めばあたしのやって来た事を夫にばらすと脅された。
あたしは従うしかなかった。
その女の所へは、最近運用が始まった飛行船で行くことになった。
乗船当日、飛行船の搭乗口に並んでいた男を見て、あたしは驚き激しく動揺した。
それは、ひとりがあの伯爵だったこと、そしてもう一人があの男だったからだ。
男はあたしの監視のために同行しているのか、それとも自らが誰かを殺すために乗船したかのいずれかだろう。
あたしの凍えるような心を乗せ、飛行船はゆっくと上昇し始めた・・・
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