第157話 ◆元の世界へ

◆元の世界へ


キャロンさんと比べられても経験の差が違うのだから仕方が無い。


頭の中では分かっているのだけれど、モッフルダフのあの目が忘れらずに、何だか気持ちがムシャクシャする。


少しは仕事が出来るようになったことを師匠に見てもらいたくなったあたしは、港を出て沖にでるまでの見張り役を買って出た。


この仕事はとても重要だ。


港の先端の防波堤を出ると左右に水深の浅い箇所があるので、ぶつからないようにマストの上の監視台から船の進路をしっかり指示するのだ。



あたしは運動神経は良くない方で、体育の成績はいつも、2か3だった。  あっ、もちろん5段階評価だからね。


高い所もちょっと苦手なんだけど、この時は多分いいかっこしいだったんだ。


マストに登るのは3回目なんだけど、初めてというわけではないし、油断があったかも知れない。



もう直ぐ船が港の出口に差し掛かるので、急いでマストに登ったのがいけなかった。


10mくらい登ったところで、突風が吹いた。


しかも船の真横から吹き付けたので船が少し傾いてびっくりしたのと、利き腕を伸ばしている途中で力が入らなかったため、あたしはマストから真っ逆さまに落下した。



こういう時、スローモーションのように、時間がゆっくり流れると聞いたことがあるけど本当だった。


落下した時、あたしは多分悲鳴を上げたと思う。


落下しながら、甲板に居たモッフルダフとキャロンさんが慌てふためく姿やアルビンとラッセがもう駄目だという顔をするのがハッキリ見える。


あと5m、甲板がゆっくり近づいて来る。  死ぬか大怪我で済むのか・・・


でも体は言う事を聞かずに頭から落下し続ける。 これってダメなパターンじゃん。


甲板の板の木目までハッキリ見えた時、あたしの目の前は突然真っ暗になった。



・・・

・・


う・・ううん・・


タタン タタン   タタン タタン ・・・


どこかで聞いた懐かしい音が聞こえて来る。



ゆっくり目を開けると青空が目の前に広がった。  しかも、空の色が違う。  いや、懐かしい色の青空だ。


あたしは、ガバッと跳ね起きて、辺りを見回した。


こ、ここは・・・



さっき聞こえた音は、電車の音だ。


そして目の前に建っているのは、あたしが通っている学校だ。


ならば、ここは学校の裏山にある空き地じゃないのか!


そうだ、あたしは戻って来たんだ!



なぜだか心臓がバクバク言っている。  それに少し過呼吸気味だ。


落ち着け、落ち着くんだ、あたし!



きっと夢から覚めただけだ。 ちょっと居眠りしてただけに違いない。  目を瞑りながら、そう自分に言い聞かせる。


もう少し落ち着いたら授業に戻ればいい。  先生に少々怒られたっていいじゃないか。



そうだ、深呼吸しよう。  目を瞑ったまま、深く息を吸い込んで、ゆっくり吐いて行く。


それを3回繰り返してから、そっと目を開ける。


よしっ! もう大丈夫だ。



学校へと繋がっている細い道をゆっくりゆっくり下って行く。


校庭に出るためにいつもクグルっている穴の開いた柵まではあと少しだ。


柵に行き当たれば、あとは柵沿いに10mほど進めばよい。



だが、なぜかその穴は見つからなかった。


きっと眠っている間に、用務員さんが修理したのかも知れない。


別に穴がなければ、柵を乗り越えて入ればいい!




だが柵に足をかけた時、あたしはあることに気が付いて呆然とした。


あたしは、学生服を着ていない!


いま身に付けている服は、さっきまで夢で見ていた自分が着ていた服じゃないか。



また、心臓がバクバクし始めた。


あ・・  なんだ?  夢じゃなかったのか?


なんだよこれ?  どうしてこんな服着てるんだよ、あたし!


足元を見れば、靴もジャイアントラビットの皮で作られたブーツだ。



気付けば、あたしは自分の家に向かって全速力で駆けだしていた。


家に帰るには電車で2駅、バスなら停留所の数で10はある。


歩くなら40分、走ったら20分くらいの距離だ。



最短距離の国道沿いに走るが、直ぐに違和感を感じる。


友達とよく行くカラオケ店もおいしいケーキ屋も無くなっている。


それに、いつの間にか大きなマンションまで建っている。



はぁ、はぁ  息が苦しい。


でもあたしは、自分の場違いな服装を見られている気がして、ひたすら走り続けた。


あの角を曲がれば、もう我が家だ。



あった!  あたしの家だ。  やっと帰って来たんだ!


転がるように門扉を押し開け、玄関ドアの取っ手を引く。


が、鍵が掛かっていて開かない!



あたしは庭の方へまわる。


すると、しらない女性ひとが、洗濯物を取り込んでいるではないか。


あなた、あたしの家うちで何をしているんですか!



すると、そのひとは怪訝な顔をして


あなた、どなたか知りませんけど勝手に人の家に入って来てなんですか!  警察を呼びますよ!


と怯えた顔をして叫んだ。



あたしは、震えながら数歩後ずさりすると踵を返し、当てもなく走り出した。

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