第11話 ◆宿屋
◆宿屋
村の標識があった場所から、20分くらい歩くと家がポツポツと増えて来た。
いまのところ、人らしき影は見えない。
どの家の入口や窓もそんなに大きくはないので、人の身長は自分とほぼ変わらないと思われた。
見ず知らずの家をいきなり訪ねる勇気はないので、もう少し先に進むことにする。
さらに10分ほど進むと道の両脇にお店らしき建物が数軒並んでいる場所があった。
そこには、何人かの村人達が楽しそうに話しをしていた。 文字は読めないけど、泉の水のおかげで話しの内容はだいたい理解できる。
そろそろと近づいて一軒目のお店を覘いてみる。 あたしが知っているパンとは形が違うけど、たぶんこのお店はパン屋だ。
焼きたてのいい匂いがしてきて、大きな音でお腹が鳴る。 周りにいた人たちに一斉に笑われて、顔が真っ赤になる。
あんた、かわった服を着ているけど、どっから来たの?
パン屋の女主人から聞かれて答えようと思ったが、自分の名前以外は答えられずにひどく焦った。
えーっと。 この先の岩山の向こうから来ました。 他のことは、よく覚えていなくて・・・
そうなのかい。 あんた疲れた顔してるけど大丈夫? これをあげるから、ここで少し休んでおゆき。
ありがとうございます。 人のやさしさが嬉しい。 涙がじわりと滲む。
親切な女主人から、焼きたての大きなパンをもらい、店先のベンチに腰を掛けて早速いただく。
シルフも食べる? 胸の中にいたシルフが、モソモソと出て来て手を伸ばしてくる。
どうやら、花の蜜や果汁以外も食べられるみたいだ。
パンは、とてもおいしかった。 シルフのお腹が結構膨らんだので、指でプニョプニョしたら怒った。
女主人に丁寧にお礼を言って、他のお店も見てみることにした。
肉屋と服屋、食器や道具を売っている雑貨屋などがあった。 肉屋には家畜の乳も置いてあったが、独特な匂いで飲む気にはならない。
服屋では、あたしが着ている服が珍しいのか、見せて欲しいと言われて上着を脱いで見せてあげた。
ブレザー・・・ 急に着ていた上着の名前が頭に浮かんだ。 そうだ、これってブレザーって言うんだった。
制服・・学校・・授業 関連する言葉が次々に出てくるが、途中から頭が猛烈に痛くなってしまった。 なので、しばらく考える事はやめにした。
服屋の店員は、縫製の技術にいたく感心していた。 こちらの世界には、ミシンは無いのだろうか。
珍しくていろいろ見ているうちに、あたりが暗くなってきた。 今日も野宿か・・・
雑貨屋には初めて見るものが多く、とても楽しかった。 道具類も何に使うものかさっぱり分からないが、使い方を想像するのがクイズみたいで楽しい。
店員の方は、あたしが腕につけていたブレスレッドや指のシルバーリングなどに関心を示し、ぜひ譲って欲しいと頼まれた。
こちらの世界でもお金は必要になるので、いくらで買ってくれるか聞いてみる。 指輪なら10万ミリカは出すそうだ。
お金の価値が分からないので、10万ミリカで買えるものに、どんなものがあるか尋ねると、例えば家畜なら10頭分だと言う。
肉屋で売っていた、おいしそうなステーキ肉が頭にちらつき、即決で売ることにした。
せっかくこっちの世界で使えるお金をゲットしたので、この村に泊まれるところが無いか聞いてみる。
が、村人以外は滅多に人も来ない村に、宿屋があるはずがなく、肩をがっくり落とす。
そんな様子を見ていたパン屋の主人が、一晩だけなら泊めてあげると申し出てくれた。
本当に嬉しくて、何度もお礼を言ってご厚意甘えさせてもらうことにする。
パン屋の女主人の名前は、サフラといった。 あたしとシルフで何かお手伝いができることが無いか申し出て、夕飯の仕度を手伝うことになった。
サフラも妖精は初めて見るようで、とても珍しがっていた。
夕食は、シチューとパン(売れ残りで結構たくさんあった)。 グツグツ弱火でじっくり煮込む。 途中、シルフが湯気にあたって鍋に落ちそうになり焦った。
シチューを食べながら、サフラといろいろな事を話した。 旦那さんは、3年前に病気で亡くなり、それから一人でパン屋を始めたそうだ。
夕食後、薪でお風呂を沸かして、3日ぶりに入浴する。 シルフはお湯を嫌がったので、水で薄めてぬるま湯にしてあげた。
入浴ついでに、下着とブラウスを洗う。 明日、出発する前に服屋で着替えを見てみよう。
シルフと一緒に髪を乾かして、ふかふかの布団で久しぶりにぐっすりと眠った。
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