助けてくれたのは……

 夜が更けても宴は続いた。際限なく飲み食いし騒ぐ兵士達を残して、フアナとマリポーザは一足先に寝室に引き上げた。


「二人っきりで話すのは、ずいぶんと久しぶりですわね」

「本当に、私が脱獄したとき以来ね」

 フアナのベッドの上に二人で横たわりながら、顔を見合わせてくすくすと笑う。

 キングサイズのベッドは二人が寝そべっても十分な大きさがある。シルクのネグリジェに着替えた二人の間には、マカロンやクッキーなどの焼き菓子と香茶を乗せた銀のトレーがあった。


「逃げ出すのを手伝ったのが私だって、いつから気づいていましたの?」

「牢屋を抜け出して、通風口を通り抜けていたときかなあ。その前から、なんとなく気づいてはいたんだけど。あのとき通風口を一緒に抜けた時にすごく近い距離にいたから、フアナの香水の香りが微かにしたんだよね」

「あら私ったら」

 フアナが目を丸くした。


「嫌ですわ。せっかくお兄様が小さい頃に来ていた服を引っ張りだして、男装までしましたのに。香水が残っていたなんて、ずいぶん間が抜けてますわねぇ」

「でもびっくりしたよ。フアナがそんな大胆なことをするなんて。誰も思いつきもしないんじゃないかなあ。こんなにおしとやかそうなお嬢様が、脱獄の手助けをしたなんて」

 二人は忍び笑いをした。


「小さい頃に皇帝陛下とお城を探検していたのが役立ちましたわ。隠し扉や隠し通路の位置は、何年経っても変わりませんもの。まさか、こんなことに役に立つなんて、あの時は思いもしませんでしたけれど」

「船の手配もしてくれてたんだね。本当にありがとう。フアナは私の命の恩人だよ。フアナがいなかったら、私は精霊界にも行けなかったし、きっとそのまま裁判を受けていたら処刑されていたと思う。

 危険な冒険を冒して私を助けてくれたこと、すごく、すっごく感謝してる」


「船の手配をしたのは私じゃありませんのよ」

「え?」

「マリポーザが捕まった後、私はお父様たちにお願いして、大聖堂に行儀見習いに行っていましたの。そこでは昼間はずっと礼儀作法のお勉強。夜は神官様に許可をいただいて、特別に礼拝堂で一人お祈りをしていましたわ。


 ですので、あの夜はお城からマリポーザを逃がしたあと、私は礼拝堂に戻りましたの。それから礼拝堂であなたが無事に逃げられるよう、お祈りをしていましたのよ。


 そうしたら、明け方近くになって外が騒がしくなったので、ああ、マリポーザが逃げたことが見張りの方々にわかったんだって思って。いてもたってもいられなくなって、大聖堂から外に出ましたの。


 そこでフェルナンドさんやジョルディさんたちとお会いして。それであなたが消えたって聞きましたわ。最初は『無事に逃げられたんだわ』と思ったのですけれど。よく聞くと、宮殿の敷地から誰も出ていない、こつ然と消えてしまった、と言うじゃありませんか。本当に驚きましたわ。マリポーザはどこに行ってしまったのかしらって」

 フアナは話しながら、そのときを思い出して涙声になる。


「ごめんね、フアナ。あのあと、魔法陣をどうにかしなきゃって思って、研究所に戻ったの。そこで足を滑らせて、偶然に精霊界に行ってしまって……」

 マリポーザはフアナの背中を優しくさすった。


「わかってますわ。さっき話してくれましたもの。

 でもあの時は、本当に心配で心配で。万が一、誰かに殺されていたり、何かの事故で死んでしまっていたら、どうしようって……。悪い想像が浮かんできてしまって……」

 鼻をすするフアナにマリポーザは手近にあったハンカチを差し出す。

「心配かけて、本当にごめんね。でもそれじゃあ、船を手配してくれたのは誰なの?」


 ハンカチを受け取りながら、フアナはいたずらっぽく微笑んだ。

「聞いて驚きますわよ。私だって、とても驚きましたもの。それは……」



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