怒号

「なんのことでしょうか。もしかしたら精霊の姿を見たのでしょうか」

「裁判で嘘をつくと大罪だぞ、わかっているんだろうな」

 なおも責め立てる水軍大佐を皇帝は諌めた。

「証拠が乏しい現状では、その話題は水掛け論だ。とりあえずこの件は置いておいて、主題に戻ろうではないか」

 水軍大佐は鼻息を荒くしていたが、渋々と黙る。


 裁判長が続ける。

「そしてその魔法陣を処分したのか?」

「はい、研究室に戻り、魔法陣を暖炉にくべて燃やしました。しかしその際に足を滑らせ、意識を失いました。何が起きたのかはわかりませんが、次に目が覚めた時は精霊界にいたのです」

「どうやって精霊界に行ったというのだ?」

「わかりません。ですが、研究室にはたくさんの精霊術に関する書物や道具がありました。それらの道具を媒体にし、怒った精霊が私を精霊界に引きずり込んだのではないかと思います」


「精霊界ねぇ……」

 裁判官は複雑な顔をした。あまりにも突拍子もない話だが、さきほどのマリポーザの登場の仕方を目の前にした今、頭ごなしに否定することもできないようだ。

「今お前は、精霊が怒っていると言ったな。なぜ奴らは怒っているのだ?」

 皇帝が問いかけ、マリポーザは皇帝をまっすぐ見た。

「それは私達が傲慢だったからです。人間が精霊に命令をし、言うことを聞かせることに精霊達は怒っておりました。その結果があの山火事の事故です。

 あの日、マエストロは火の精霊サラマンドラに命じて、山火事を消そうとしました。しかし命令をされることを何より嫌う精霊達は怒り、命令に応じないばかりか人間に多大な被害をもたらしたのです。そしてその結果、マエストロは命を落としました」


「あれは事故であったと?」

「はい。決して皇帝陛下に対する反逆の意思があった訳ではありません。あれはあくまでも事故でした。しかし、遅かれ早かれ、いずれ必ず起こる事故でもありました。

 人間が精霊に命令をするなど、間違いだったのです」

「それは皇帝陛下が精霊使いを支援していたことが間違いだという意味か? 恩を仇で返す気か」

 水軍大佐が勝ち誇ったように言う。


(この流れではそういう意味になるだろう。皇帝陛下を大勢の前で非難してしまったら、おしまいだ)

 フェリペはここまでか、と思わず目を閉じ宙を仰いだ。


「いいえ、そうではありません」

 マリポーザはきっぱりと首を振った。

「皇帝陛下が、精霊術を使って国民を救おうとしたこと、それは立派なことです。私は間違っているとは思いません。

 間違っていたのは、アルトゥーロ・デ・ファルネシオ特別参謀と私のやり方です。精霊に命令をするというやり方が間違っていたのです」


「ではどうするというのだ?」

 裁判長の問いに、マリポーザは改めてアマデーオ皇帝に頭を下げた。

「皇帝陛下、どうか私に精霊術の研究を続けさせてください。

 私はこれから、一方的に精霊に命令をするのではなく、精霊とともに精霊術を行ない、このインヴィエルノ帝国の、ひいては皇帝陛下のお役に立ちたいと思います。

 『精霊使い』ではなく、『精霊対話師』として、生きていきたいのです」

 マリポーザが話し終わると、大広間は静寂に包まれる。張りつめた空気の中、フェリペは汗ばんだ自分の手を握った。


「陛下、騙されてはなりませんぞ。派手な奇術を使って、陛下を惑わそうとしているのです、この魔女は」

 太陽神教の大神官が口火を切ると、次々に声が上がる。

「危険な魔法陣を隠し持っていた奴らの言うことなど、信用できませんぞ」

「もうすでに死傷者を出しているんだ、このまま放ってはおけまい」

「いや、だがあれは事故だったんだ。精霊術をこのまま失うのか」

 処刑しろ、という声と、このまま精霊術の研究を続けさせろ、という声がそのまま怒号となり喧々諤々の議論に発展する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る