せめてもの謝罪
「さきほど村長は、誰にも見られずにマリポーザがこの村に来ることなどできない、とおっしゃいました。しかしそれは違います。マリポーザは精霊術を使えるからです。
これは僕の推測ですが、マリポーザは精霊術によって、どこか遠くに空間移動したと思っています」
「空間移動?」
村長は冗談と思ったのか笑いかけ、フェリペの真剣な顔に気づいて途中でやめる。
「本気で言っているのですか?」
「もちろんです」
「それは、マリポーザは無事だということですか? 元気でどこかにいると?」
エミリオがテーブルに身を乗り出した。
「僕はそう信じています」
フェリペはエミリオの視線をまっすぐに受け止める。
「この帝都には今、精霊使いはマリポーザしかいません。確かにマリポーザにはこのあと裁判が待っていますが、彼女は唯一の精霊使いで希少な人物です。処刑されるようなことはないでしょう。
ですから、マリポーザを見つけたら匿ったりせずに、一刻も早く我々に教えて下さい。我々もマリポーザの無事な姿を見たいのです」
エミリオは目を潤ませてフェリペの手を握った。
「どうか、どうかマリポーザをお願いします。俺たちの大事な一人娘なんです」
農作業で引き締まった大きな身体を小さくして頭を下げるエミリオに、フェリペは居心地の悪さを感じた。
「本当に申し訳ありません」
気がつけばふと口をついていた。
「お嬢さんを預かっていながら、このような事態になってしまって本当にすみません」
エミリオの手を握り返して、フェリペは深々と頭を下げた。ジョルディもフェルナンドも続いて頭を下げる。
(自分は今、この父親だけでなく、アルトゥーロさんにも頭を下げているのだ)
フェリペは思った。本来は貴族が平民に頭を下げるなんてあってはならないことだ。親族に知られたら家名を汚したと怒られるだろう。
でも本当はずっと、謝りたかった。残されたマリポーザさえも守ることができない不甲斐ない自分を許せなかった。もう死んだアルトゥーロには謝ることが出来ない。だから、せめて生きている人には。
エミリオと村長は驚き、顔を見合わせた。渋々といった感じで村長が言う。
「頭をあげてください。貴族様に頭を下げてもらっては我々も協力しない訳にはいきますまい。マリポーザの探索に村も総力をあげて協力いたします」
「では、村全てを捜索させていただきます。村長たちの言葉を疑うわけではありません。ですが、村にマリポーザがいないかどうかを確かめさせていただきます。皇帝陛下のご命令ですので、どうかご了承ください」
フェリペの言葉に村長は頷く。話に区切りがついたので、エミリオは自宅に帰るため一礼して居間から出て行った。ジョルディとフェルナンドも続く。しかしフェリペは残って村長と向き合った。
村長は静かに問う。
「マリポーザが処刑されることはない、とおっしゃったのは嘘でしょう?」
「嘘ではありません。僕の希望的観測です」
フェリペはにっこりと微笑んだ。
「それに、マリポーザをこの村で匿うとためにならない、というのも嘘ではありません。マリポーザ一人を救うために村人全員を犠牲にする訳にはいかないでしょう。どのみち、この帝国にいるかぎり、マリポーザは逃げられません」
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