警戒の目

 フェリペたちがマリポーザの故郷、ニエベ村に着いた時は、精霊使い一行として村に着いた時とだいぶ様子が変わっていた。


 前回は深い雪に閉ざされ、辺り一面真っ白だった村が、緑に覆われ鳥がさえずり、さまざまな色の春の花が咲くのどかな風景に変わっていた。その一方で、前回厚くもてなしてくれた村人達の雰囲気も一変し、あからさまに警戒をする様子でフェリペ達を迎えた。


 村長の家の居間では、村長とマリポーザの両親がフェリペ達を待っていた。フェリペはジョルディとフェルナンドを伴い、テーブルを挟んで村長らと向かい合って座った。村人たちがよもや陸軍兵士を襲うことはないだろうが、全体的にぴりぴりした雰囲気で、まさに一触即発といった様子だ。そのため何かのはずみで揉め事が起こらないように、残りの部下たちは隣室で待機している。


「わざわざ遠路はるばる来て下さりありがとうございます。マリポーザについてお手紙をいただきましたが、もう少し詳しく聞かせていただけますでしょうか」

 柔らかな物言いだが、村長の眼光は鋭い。テーブルには水の一杯も用意されておらず、歓迎されていないのは見え見えだった。


 覚悟はしていたが、あからさまな態度の違いにフェリペは怯んだ。普段と変わらない態度に努めつつ、マリポーザが帝都に行ってから牢から逃げ出し行方不明となっている現在までのあらましを、かいつまんで説明した。


「娘は、マリポーザは今どこにいるのか、本当に誰もわからないのでしょうか?」

 蒼白の顔をして、マリポーザの母マルガリータはフェリペを見た。組んでいる手が小刻みに震えている。その妻の肩を抱いて支えながら、エミリオは期待をする目でフェリペを見る。


「残念ながら、マリポーザの行方はわかっておりません。ですので、我々がよもや故郷に帰ってはいないかと探しに来たのです」

「探しに、ではなく捕まえに来たのでしょう。脱獄ということは、処罰は免れまい。下手したら死刑だ。そうでしょう?」

 村長は静かに言った。マルガリータは胸を押さえて目を閉じる。


「ああ、私のマリポーザ。なんでこんなことに……」

「俺が変なことを言ったからだ。帝都に行ったら出世できるなんて、馬鹿なことを言わなければ、マリポーザは今頃村で、俺たちと笑って暮らしていたのに」

 悲嘆にくれる夫婦を目の前に、ジョルディは感情移入をして目を赤くしていた。フェルナンドは唇を噛み締めて目を怒らせている。


「ねえ、フェリペ様。あなたおっしゃいましたよね。うちの娘を守るって。決して悪いようにはしないって。どういうことですか? マリポーザが皇帝陛下に逆らうなんて、そんなことする訳ないじゃないですか。急に帝都に連れて行って、娘を一度も返さずに、牢に閉じ込めて、行方不明になっただなんて。ふざけないで!」

 マルガリータは立ち上がりテーブル越しにフェリペの胸ぐらを掴む。エミリオが慌ててマルガリータを止める。

「私の娘を返してよ!」

 マルガリータは両手で顔を覆い泣き始めた。大声が聞こえたのか、マリポーザの祖母マグダレーナが居間の扉を開けて現れた。マルガリータを連れて居間の外に出る時に、マグダレーナはフェリペを見た。その目には非難の色と失望の色が混じっているようにフェリペは感じた。


 フェリペは襟元を直しながら人知れず深く息を吐いた。


「この村には本当に、マリポーザはいませんね?」

「おりませぬ。大体宮殿はおろか帝都を出たところを誰一人見ていないのに、どうやってこの村にたどり着けましょうか」

 抑揚のない声で村長は答える。


「隠すとためになりませんよ。マリポーザを匿っていた場合、村全体に処罰が下ります」

「それは脅しですか?」

「忠告です」

 居間に静寂が訪れる。村長は何も言わずにフェリペを見つめる。探られている、とフェリペは感じる。今自分はこの村長に自分の器量を推し量られている、と。村長の結論次第では、たとえマリポーザがこの村に帰って来ても、自分に報告してはくれないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る