光と影の晩餐会
「新年祭の時期は、大人はパーティを渡り歩いて、たくさんのパーティに出席するのよ。私はまだ社交界デビューしていないので、親族のパーティだけにしか行けないのですけれど、お兄様は明日は皇帝陛下の新年パーティにお父様お母様と行きますの」
フアナは羨ましそうに言って、うっとりとする。その時一組の貴族の夫婦が立ち止まって、フアナに挨拶をした。
「まあフアナ、お久しゅうございますわ。大きくなられて」
はちきれんばかりの身体と派手なルビーのネックレスを揺らして夫人が、ドレスの裾をつまんで礼をする。
「お久しぶりですわ、叔母様、叔父様」
「お美しくなられましたな」
フアナは鷲鼻の痩せぎすの紳士と抱擁し頬にキスをする。
「叔父様、叔母様、こちらはマリポーザ・プエンテ様。あの精霊使い様の弟子ですわ」
「ああ、あの……」
子爵夫妻はマリポーザを上から下までジロジロと見渡した。マリポーザはドレスの裾をつまんで礼をする。 子爵は軽く会釈だけし、子爵夫人は愛想笑いを浮かべた。
「フアナ、フェリペはどこだね。案内してくれたまえ」
「はい、叔父様。マリポーザ、少し外しますわ。ごめんなさいね」
謝るフアナにマリポーザは笑って手を振った。フアナが行ってしまうと、マリポーザはとりあえず料理を取りに行くことにした。
お皿に盛った料理を食べながら壁際に立っていると、サロンから歓声が聞こえた。なんだろう、と覗く。
サロンでは楽団がワルツを演奏し、ホールの中央で貴族達が踊っている。その中にフェリペもいた。黒い礼服を着たフェリペは、赤いドレスを着た令嬢と優雅に踊っている。
「フェリペ様は、次は私と踊るのよ」
「何をおっしゃるの、私が先でしたのよ」
サロンの隅ではフェリペと踊る順番を巡って数人の女性が口論をしている。
(フェリペさん、もてるんだなあ)
マリポーザはぼーっと壁際に立ってフェリペが踊る姿を見ていた。まるでおとぎ話みたいに、綺麗な世界。劇を見ているような気分でいると、周りが遠巻きに自分を見ていることに気づく。
「あれが、例の精霊使いの」
「どこか遠い村から来たらしいですわよ」
「皇帝陛下もなんて酔狂な」
「フェリペ様は本当にお優しいですわね。下賎な田舎者にまで憐れみを施すなんて」
「しかし貴族としての自覚にかけるのでは」
マリポーザが周りを見渡すと、皆視線をそらす。
(なんなの、この人たち)
むっとしたマリポーザに、フアナが駆け寄って来た。
「ここにいたのね。ごめんなさい、お客様たちに捕まってしまって……」
いいよ大丈夫、とマリポーザが言う前に、新たな客人がフアナに挨拶を始める。マリポーザはしばらく一人で過ごしていたが、周りの視線に耐えかね、退散することにした。
忙しそうに来客の応対をしているフアナに帰ることを告げると、フアナは心の底から申し訳なさそうな顔をする。
「もう帰ってしまうの? ごめんなさい、あまりお相手ができなくて」
「フアナのせいじゃないよ、大丈夫。人ごみに酔ってしまったみたい。今日は誘ってくれて本当にありがとう」
マリポーザは笑顔でフアナに別れを告げ、研究所へと戻った。
「ただいま……」
マリポーザが研究所に戻ると、アルトゥーロが研究室から顔を出した。新年祭の日でさえも一人で研究をしていたらしい。
「早かったな」
「はい……」
マリポーザの元気がない様子に、アルトゥーロは苦笑を浮かべた。
「そういえば、俺も腹が減ったな」
アルトゥーロとマリポーザは居間に行く。アルトゥーロが珍しく自分でお湯を沸かし、熱い香茶を淹れた。
「ほら」
テーブルの席に着いたマリポーザの目の前に香茶のカップを置く。そして生クリームがたっぷりとのったケーキを持って来た。
「これ、マエストロが買ったんですか?」
「新年祭だからな」
チーズや白パン、こんがりと焼けたチキンもアルトゥーロが台所から持ってくる。
「ごちそうですね」
「新年祭だからな」
アルトゥーロが同じことを二回言うのがおかしくて、マリポーザは笑う。笑いながらポロポロと涙をこぼした。泣きながらチキンやパンを頬張る。
(なんで生まれが違うだけで、こんなに惨めな気持ちになるのかしら)
「美味しいです」
「そうか」
アルトゥーロは何も聞かなかった。何があったのかマエストロは知っているのだろう、とマリポーザは思った。きっとマエストロも同じようなことを経験してきたのだ。これまでにたくさん嫌な思いをしてきたのに違いない。
次の日、マリポーザが目を覚ますと枕元にプレゼントがあった。
マリポーザが、不器用にシワがよった包み紙を開けると、そこには羽ペンとインクが入っていた。
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