住む世界

 前菜とスープが終わり、メインの牛肉の赤ワイン煮込みを食べる頃には、マリポーザとフアナはすっかり打ち解けていた。フアナはマリポーザの村の話や、アルトゥーロの弟子になった経緯を目を輝かせながら夢中になって聞き、感嘆のため息を漏らした。


「マリポーザってすごいのねぇ。私よりも年が下なのに、家族と遠く離れて帝都に来る決心をしたなんて」

「決心というほど大それたものじゃないですけど……。でも正直、帝都と私の村は違いすぎて。街も大きいし人もたくさんいるし、服も食べ物もみんな立派で見たことがないものばかりで。

 馬車の中では、帝都ってどんなところなんだろう、精霊術ってどんなものなんだろうってドキドキしてたんですけど。実際に着いて、皇帝陛下にご挨拶までしたら急に怖くなってきてしまって。私、浮いてるんじゃないのかな、ここでやっていけるのかなって。

 だから今日、フェリペさんたちに夕食に誘っていただいて、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」

 マリポーザは皆の顔を見渡して頭を下げた。フアナは大きな笑みを浮かべた。


「誘拐されたみたいに、急に遠い街に連れて来られたら、不安になるのも無理はないわ。わからないことや困ったことがあったら何でも私におっしゃって。私は逆に帝都から出たことがないので、あなたのお話はとっても魅力的だわ。私と仲良くしてね」

 その言葉は、マリポーザの緊張していた心を温かく溶かした。先程までの不安が和らぎ、マリポーザはこれから帝都でやっていけるような気がしていた。



 冬至の夜も、フェリペとフアナはマリポーザとアルトゥーロを新年祭を祝う晩餐会に招待した。マリポーザは喜んでその招待を受けたが、アルトゥーロは「くだらん。行くだけ無駄だ」と頑として行くのを拒んだ。

 フェリペ達の邸宅に着いたが、マリポーザは初めてドレスを着たのもあって、落ち着かない気分だった。玄関ホールの中央には巨大なモミの樹が飾られている。それを見ながらオレンジ色のドレスの裾をつかんで、一人で所在無さげに固まっていると、フアナが現れた。フアナは繊細なレースで縁取られたスミレ色のドレスを着ていて、まるで春の妖精のようだった。


「来て下さってありがとう、マリポーザ。あら? アルトゥーロ様は?」

「えーっと……、ちょっと体調不良なもので……」

 しどろもどろに言い訳をするマリポーザに、フアナに続いて玄関ホールに出て来たフェリペが「わかってる、わかってる」と手で制した。フェリペは銀糸の刺繍が入った黒い礼服を着て白い手袋をはめている。

「相変わらずだな、あの人は。師匠が来ないと弟子がパーティに参加しにくいのにね。まったく、どうしようもないな」

「せっかくの新年祭ですもの。アルトゥーロ様のことは気にしないで、思いっきり楽しんでいかれてね」

 フアナがマリポーザの手を取り、サロンへとひっぱる。フェリペは「マリポーザ」と呼びかけてウインクをした。

「ドレス、似合ってるぞ」

 マリポーザの顔が赤くなる。お礼を言おうと口を開きかけたが、フェリペはもうすでに別の客人と握手を交わし、談笑をしていた。


 新年祭の晩餐会は豪華なものだった。デ・アラゴニア・エスティリア侯爵家の親族や、友人などが集い、大勢の貴族が華やかに着飾りサロンで談笑している。食堂ホールには立食式の料理が並び、給仕が客人たちの間を歩き飲み物を勧めていた。

「世界が違うわ……」

 マリポーザが呆然と呟くと、フアナが「賑やかでしょう?」と無邪気に笑った。

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