運命の回転

 マリポーザが村の広場につくと、この悪天候にも関わらず、朝から兵士達が雪かきをしていた。中央が円状に開けるように、積もった雪を広場の端に積んでいく。


「こんな吹雪じゃあ、すぐにまた積もってしまいますよ!」

 雪がうなりを上げて降り掛かる中、大きな声でフェリペが言うと、アルトゥーロも「わかっている!」と怒鳴り返した。


「だから今回は木炭で直接地面に描くんじゃなく、羊皮紙で代用しているんだ」

 何かを確認するようにあたりを見渡しながら、記号らしき複雑な模様が描かれた大きな羊皮紙を数枚持ち、広場の中央に配置していく。

「くそ、これじゃ飛んじまう。重しになるようなもっと大きな石が必要だ」

「私が持ってきます!」

 マリポーザが手を上げて名乗り出ると、アルトゥーロは驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻り頷く。マリポーザは手伝いができるのが嬉しくて笑顔になると、手頃な石を集めてすぐ戻ってきた。その石をアルトゥーロが置いた羊皮紙の上に置き、重しにする。模様が繋がるように順番通りに羊皮紙を並べ終えると、それは一つの大きな魔法陣になった。


「始めるぞ!」

 アルトゥーロが言うと、フェリペや兵士たちは魔法陣から大きく離れて囲むように広場の端に立った。その兵士達の後ろから、村人達が集まって興味深げにアルトゥーロを見つめる。


 アルトゥーロは魔法陣を正面にし、手元を見ながら何か呪文を唱え始めた。吹雪の音にかき消されてとぎれとぎれに聞こえてくるだけだったが、聞いたことがない言葉だ、とマリポーザは思った。


 アルトゥーロの手の中が微かに発光しているように、マリポーザには見えた。それは薄い氷でできている本のようであった。透明でありながら光の屈折によって、微かに形を判別することができる。

(あれは、何かしら)

 マリポーザが思ったその瞬間、水が噴水のように魔法陣の中から飛び出してくる。それに向かい、アルトゥーロは何かを言った。なんだか命令をしているみたいだわ、とマリポーザは思う。すると雪が太陽を反射するかのように、魔法陣の中で何かが煌めいた。


 間欠泉のように吹き出していた水が、人の形になる。空中で水が凍り、氷でできた面をつけた長いドレスを身にまとう女性の姿になった。

「あ!」

 思わずマリポーザは大きな声をあげた。

「噴水が氷のお面に変わった!?」

 その瞬間、アルトゥーロが怖い顔つきでマリポーザを振り向く。マリポーザは慌てて口に手を当て、口をつぐんだ。

 もうすでに氷の面は消えていた。一瞬の出来事だった。気づけば、いつの間にか吹雪も止んでいる。呆然と立ちすくむ村人達の頭上の分厚い雲から、薄く光が射していた。


「何にも起こんなかったなー」

 気がつくとカルロスがマリポーザの隣に立っていた。

「何言ってるのよ。魔法陣から噴水が吹き出したり、それが氷のお面に変わったりしたじゃない」

「本当かよ、俺には全然見えなかった。ま、少なくとも吹雪は止んだけどよ」

 それも偶然かもしれねえし、と言いかけてカルロスは慌てて語尾を濁した。アルトゥーロがマリポーザたちに向かって歩いてきたからだ。


「やはり見えるんだな。なぜ嘘をついた」

 開口一番、低い声で問う。マリポーザは一瞬怯んだが、まっすぐにアルトゥーロを見返した。

「普段は、はっきりとは見えません。そう感じるんです。本当に見えたのは、今回が初めてです」

「今回が初めて、か……」

 アルトゥーロは何かを考えるようにしばらく黙っていたが、やがてニヤリと笑った。

「お前、精霊術を学ぶ気はあるか? 名前はなんと言う?」

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