第9話


彼が伏し目のままコーヒーをもう一口、飲む。


マルは何か言おうと口を開き、苦しげに眉をしかめ、開いた口から声は毀れず、スン・・・と鼻を啜った。


そして深く息を吐いて、覚悟を決めたように椋を見つめた。


「東城。・・・・・・彼女は、死んだんだ。・・・分かってるよね?」


・・・・優しい人。



優しい人は己の言葉で己の心を切り刻みながらも、大切な友に言葉を伝える。



私にもいつも優しくて温かい、陽気で気遣い屋なこの人がこんなに苦しそうな顔をするのを初めて見た。




あぁ・・・初めてじゃないか。


思い出す。


半年前の春の終わりのあの日。


マルは彼を抱き締め、泣いてくれていた。


私の命が尽きたあの日。

マルは椋を抱き締め、泣いてくれていた。


彼が喪服姿で立ちすくむのを、マルが抱き締めて泣いた。

マルの嗚咽と体温を肌に感じ、彼の瞳からすう・・・と涙が流れる。


時の流れが止まった世界で静かに私の亡骸の前に立っていた彼の、細い身体が小刻みに震えて世界を揺らす。


次の瞬間にうううう・・・・・っ・・・・聞いたことのない声が彼から漏れた。


「どうして・・・・!・・・・・・どうして・・・・・・・・!!」


私の身体に縋りつき、叫ぶ彼をマルがまた強く抱き止める。


「東城!東城・・・・!」


「嫌だ!!俺も!俺も一緒に逝く・・・・・・・!」


マルの手を振りほどき、椋が泣き叫ぶ。


「俺も!俺も・・・!なぁ!一緒に!連れてってくれよ・・・・・・・!!」


叫ぶ椋の身体を前面から押さえ、またマルが叫ぶ。


「お前が・・・追いかけてあいつが喜ぶとでも思ってんのか!」


椋を止めながらボロボロと泣いてくれていた。



私の死を悼みながら、大切な友の心が壊れ、悲しみの底に沈んでいくのを止める術を探し、歯軋りしながら運命を呪い、友の未来を救う為に泣いてくれていた。


そして今も、マルは椋を救う為に来てくれた。


私はコーヒーの湯気の向こうに、「生きる世界」を見る。


ああ・・・・私はやっぱり間違えた。


心を粉々にして泣き叫ぶ彼を、どうかもう1度抱き締めたい。

愛する彼を、どうかもう1度抱き締めたい。


そんなことを願うべきではなかった。


正しさも、優しさも、どれも測れないものばかりだから、人の数だけ形を変えるものだから、きっと私はいつも間違えてしまう。


幸福な奇跡だとしても、残酷な奇跡だとしても。

私の姿を、声を、彼に届けるべきではなかった。



椋は日常全てを切り捨て、誰からも姿の見えない私との世界を選んでしまった。



・・・・・・・・・私は、その愛に甘えるべきではなかった。


闇から出るのが怖くて、でも闇に染まるのも怖くて、私は・・・愛する人を哀しい闇に引き摺り込んだ。


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