第7話

午後6時43分。


時計の針はカチ、と音を立て、6時44分になるのを合図かのように今夜も私は彼をバス停に迎えに行く。


道を彩る枯れ葉達が風に吹かれてカサカサと軽い悲しい音を立てる。


真っ暗な闇の中にバスの灯りを見つけ、私はいつものように降りてくる彼に手を振ろうとして・・・・


その手は途中で止まり、静かに下ろされた。


バスから降りてくる彼がそんな私を不思議そうに見て「ん?」という顔をする。


そのまま、私の視線を追いかけ・・・バスの後ろに停まっていた車を見つけ、彼の横顔が一瞬、強張るのが分かった。



シルバーのメルセデスベンツワゴン。


何回か乗ったことがある。



「・・・・・・マル・・・・・・・」

彼の掠れた声が夜の空気の中に響き、



バスがブロロロロロ・・・と大きな音を立てて発進していくのと、ベンツのライトが消え、男の人が車から降りてくるのと、同時だった。



東城とうじょう・・・やっと見つけた・・・・」



運転席から降りてきた細身な彼が小さく呟く。

彼は円谷つむらやさん。大学のゼミで私と椋と一緒になって仲良くなった。よく3人で飲みに行ったりもした。つむらや、って言いづらいなあ。えんたにだから、マルちゃんだな!って椋が勝手にあだ名をつけたのを覚えてる。

それ以来私達は彼のことをマルと呼んでいて、椋と私の結婚を誰よりも祝福してくれたのもマルだった。


マルはスーツ姿で仕事帰りなのが分かった。マルは商社勤務で、こんな時間に仕事が終わっていることはまずないはずなのに。


「・・・・久しぶり・・・」


椋がいつものように笑顔で微笑みかける。


マルは「久しぶりじゃねぇよ・・・ったく・・・」と泣きそうな顔で笑った。


彼と2人で過ごしてきた家に、初めてのお客様。


私は窓際のソファにチョコンと座る。


彼が「お酒飲む?・・・あ、運転か」と言いながらカチ、となかなか点かないコンロに火を点けた。


「あ、椅子座って?」

彼がそう勧めたけれど、マルは椅子には座らなかった。


マルが「タバコ、いい?」と聞きながら胸ポケットからタバコを出す。


「うん。・・・・っと、あ、この硝子のお皿、灰皿にして?」

彼から手渡された硝子の重い小さなお皿をマルは眩しそうに見つめ


「...やっぱいいや。ありがとう」


小さく呟き、タバコを胸ポケットにしまった。


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