フェリー
「主任、大丈夫ですか」
目を開く。長い間卒倒していたのだろうか。あの白銀の溶鉱炉とは違う情景だ、運ばれたというのか。
「ああ、すまない」
「突然倒れられたから、驚きました。きっと緊張されていたんでしょう」
「私は、長い間倒れていたのかい」
「いえいえ、ほんの数秒です」
「えっ」
私は補助係の彼をじっと見つめた。
「その……ナノマシンは大丈夫だったのか。事故は」
「え、事故ですか。ああ、それならさっきご自分で解決されたじゃないですか」
「どういうことだ」
「主任、少し休まれてください」
まだ一日の半ばであるが、私は早退して休むことになった。よくわからない、さっき私は大変な事故に巻きこまれたはずなのに、しかし皆はそれにしては平然とし過ぎている。あのナノマシンは私に向かって攻撃をした、ばかりかそれを私は吸いこんでしまった。私は感染してしまったのではないのか、それなのに、皆は私に警戒の素振りさえ見せずに。
宿舎に帰る、休日はいつも部屋の中で寝過ごし夕方まで外に出ることはない。今日はその時刻よりも早い、不思議な感じだ。休んでおいて厚かましいが、せっかくなので少し「散歩でもしてみようか。踵を返して宿舎とは逆のほうへと向かった。海が見え始めた、戦時中兵器工場となるそれ以前には、元は単なる小さな無人島に過ぎなかった、歩いていればすぐ端から端までたどり着くくらいの範囲だ。よくこんな狭いところに半年近くも住み続けたものだ。しかしもうすぐ任務も終わる。
いつの間にか波止場に続く堤防へと来ていた。ここからはそこをハッキリと眺めることができる。しばらく海面や水平線を眺めていた。凪いでいる、陽はとても暖かく穏やかだった。白い鳥が優雅に飛んで鳴いている。
あり得ない日常に染まり、非日常的な現実がいつの間にか日常へと様変わりしていたものだ。今日はその日常から解き放たれたようだ、ぽかぽかとして心地よい、いったい私の人生において、今の心地が非日常であろうか、それとも、忘れてしまった本来の日常であろうか。
この波止場にフェリーでついた日のことなどを考えていた、すこし陽が翳っている、そろそろ肌寒くなる、もう帰るとしよう。
ぼんやり見つめ続けていた海の向こうに何かが見え、鉄の軋むような音が聴こえる、はっと我に帰る、フェリーが向かっているのだ。そしてしばらく、こちらへとやって来る新たな乗客を乗せた船を見ていた。こうして見ることもなかろう、波止場に到着するまで待っていようか。
たくさんの労働者たちが降りていた。どの者たちもうらぶれているように感じる。
「あれ」
遠目にも明らかに異様な光景があった。労働者たちに混じって、明らかに、ひとりだけ背格好の小さな人が見えた。どう考えても子供のようにしか見えない。しかも、いかにも病院の患者の着るような寝間着姿である。
「ああ、そう」
ふいに思い出す、そういえばこの『島』には、病院があったんだ。そう、あの感染症の専門院が。そういえばさっきの事故は大丈夫だろうか、医者に診てもらわなくてもよかったのだろうか。
いつの間にかフェリーから降りた人々は居なくなっていた、皆送迎バスで運ばれていったのだな。とりとめもない考えにふけったせいで現実の風景がすっぽりと記憶から消えてしまっている、もう彼らのほうが先に宿舎に着いているだろう、陽も暮れてしまっているではないか、はやく帰ろう、歩いて、小さなこの島にしても結構かかってしまう、そう思い足を踏みだした。
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