第6話コマンド入力は慎重に

「なんで泣いてるんだ?」


 呆然と寿久は、ぽろぽろ涙を流す美少女スマホに問い掛けた。

 だが美少女スマホは表情筋は動かず涙を流れるままにして、返答する気色はまるで見せない。

 

「どうなってんだ、これ。なんでスマホのお前が涙を流せるんだよ」

 

 想像し得なかったドラマのような事態に、目下寿久は直面している。

 人工知能は感情を持たない、言い換えれば人間味がないということになる。それが世の常である。


「どうすれば涙が止まるんだ?」


 何とかしようと寿久が思案を巡らし始めたその時、美少女スマホの涙がぴたっと止まって瞳の光が消えると口調の起伏を平らかに告げ始めた。


「この端末はエラーしている可能性があります。処置として最新版にバージョンアップすることをお勧めします。今すぐ行いますか?」


 胴部分の液晶いっぱいがバージョンアップ画面になり、バージョンアップとキャンセルのコマンドが現れる。


「エラー? バージョンアップ?」


 様々な疑問が募り、ついさっき耳朶を打った美少女スマホが口にした台詞中の二つのカタカナ語を単体だけで口にするしか寿久の脳は働かなかった。

 とはいえ窮余の策すら寿久は思い付かない。


「バージョンアップすればエラーが直るのか?」


 藁にもすがる思いで寿久は、バージョンアップを実行することにした。

 人差し指がバージョンアップのコマンドをタップしようとして、電撃が如く脳裏に悪い予感が走ると、すんでのところで人差し指が強張ってコマンドをタップできなかった。

 バージョンアップで須真保が美少女でない普通のスマホに戻ってしまうのではないか、そんな懸念が寿久を峻巡させた。

 そして、はたと思い至る。

 もしかすると今の美少女の状態がエラーなのでは、と。


「お前がエラーなわけあるかよっ!」


 寿久は早合点で、バージョンアップのコマンドをタップしかけた人差し指を素早く引っ込めて怒鳴った。

 応答なし。

 寿久は歯噛みし、苦々しげにぽつりと呟く。


「今日バレーしてた時より、今の方がよっぽど気持ち悪い」


 寿久は人差し指でバージョンアップのコマンド左隣、キャンセルのコマンドをタップした。


 







 


 






 


 





 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る