第4話うちじゃパンダは売ってないよ
寿久が美少女スマホと邂逅した初夜に起こした異種乱行未遂事件の自然解決から七時間が経ち、六畳間にデジタル目覚まし時計のアラームがけたたましく鳴り響き出した。
昨日深夜未明、異性の欲情をそそるような発言をしたと思われる美少女スマホにより突発的な沈鬱に塞いでいた寿久は、不意に鳴ったアラームでハッと目を覚ました。
「俺、いつの間に寝てたんだ?」
目をぱちくりさせて四辺を見回す。
カーテンの隙間から細く射し込んだ温かな陽光が帯となり、薄暗い部屋を照らし存在を強く示していた。そんな天気のよい朝だ。
「クラキトシヒサ、さんおはようございま す」
「おはよ」
寿久が気だるそうに挨拶を返すと、美少女スマホは密かに丸く穏やかなお姉さん声にボイスチェンジして、
「もうトシちゃんったら、お寝坊さんねぇ。今すぐ起きないといたずらしちゃうぞ」
「……」
寝起きから奇態な言動をする美少女スマホに寿久は、視線を外しくたびれた布団を直し始めなからだんまりを決め込むことにした。
「トシちゃんのお寝坊さん」
諦め悪くお姉さん口調を続けるので、寿久はスッと無関心に顔を向けておもむろに口を開いた。
「突っ込み待ち?」
美少女スマホが問いに首を頷かせた。
寿久が明らかな億劫さを一息の溜め息で表した後、大きく空気を吸い込んで巻くしたてる。
「トシちゃんって誰だよ! そもそも俺は寝坊してねぇ! 起きないといたずらしちゃうぞってお菓子じゃねぇのか、ハロウィーンなのか? トリックアトリートなのか?」
狭い部屋にお目覚め一番の突っ込みが壁をしきりに跳ね返り響き渡った。
寿久の寝起き突っ込みにも知らん顔で、美少女スマホの関心は別のことに向いていた。
「クラキトシヒサ、さん朝食なるものをお作りになるのですか? でしたらぜひともスマホの私を頼ってください、ご尽力いたします」
両手を拳にして気合い満々な風にぐっと脇を絞めて言うが、しかし寿久はすまなさそうに微笑みかける。
「俺、朝食はいつも市販のパンだ。手助けしてくれるのは嬉しいけど、ごめんな」
何をどう捉えたのか、美少女スマホが突然信じられないというように目を大きく開いて口をカクカク開閉し出した。
「どうした?」
「ししし、市販のパンダを朝食として、しょしょしょ食されるんですか?」
「どこの動物園でも大人気な熊科で白黒ツートンの大型動物なんて食べたくねぇ! というか市販のパンダって、なんでパンダが普通に街中で買えるんだよ。密輸した奴の顔が見てみたくなるわ!」
またもや寿久の突っ込みが炸裂した。朝っぱらから元気な男である。
ちなみに日本でパンダと呼ばれている白黒のはジャイアントパンダであり、正式にパンダと呼ばれるべきはレッサーパンダの方であるらしい。ここではどうでもいい話だが。
「ですよね、パンダを食したりしませんよね」
寿久が否定したので、ホッとなって胸を撫で下ろす美少女スマホ。
その様子を見て、寿久はふと湧いてきた疑問を投げ掛けてみる。
「パンダ好きなのか?」
「えっ、パンダですか?」
「ずいぶん安心したような感じだったからさ」
「パンダ好きですよ、可愛いじゃないですか」
美少女スマホが答えて屈託なく笑うので、その笑顔に寿久の胸はドキッと飛び跳ねて途端に視線を交わすのが恥ずかしくなり、逃げるように身を翻し、
「早く学校行かねぇとな」
とちゃぶ台に昨晩から置いておいた学校鞄に手をかけ肩に提げると、上り框でカジュアルスニーカーを足にはめてせせこましく玄関を出ていく。
「クラキトシヒサ、さん洗顔もせず出掛けてしまいました、汚らわしいです」
寿久が玄関を出てから辛辣に貶す台詞を、冷然と美少女スマホは閉まりきった玄関のドアに焦点をあてながら呟いた。
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