第3話ゲームのログインは日常的に
寿久は毎日続けていた事を、この日ばかしは我慢する羽目になっていた。
手首の腕時計が日付変更の0時へと、針を時々刻々と進ませている。ただいまの時間、23時55分。もうじき日付が新しくなる。
ジリジリと明日へと向かっている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう」
頭を抱えて寿久は吠えた。獰猛に吠えた。
「……」
美少女スマホはスリープモードで、寿久の絶望の咆哮は聞こえていない。
「今日まだ、ログインしてねえ!」
寿久が毎日続けていた事柄とは、スマホゲームのログインであった。
寿久はスマホゲームをインストールした時の自分を壮烈に悔やんだ。
それは何故か? 多くのスマホアプリを一端末の中に入れる人の大概が、フォルダを作って大別するように、寿久も一つのフォルダにスマホゲームの類いを総じて詰め込んでいて、ついこの前にそれを画面の右隅に配置移動させてしまっていたからだ。つまり、美少女スマホのこんもり膨らんだ胸の位置にスマホゲームの入ったフォルダがあるのだ。
「クソッ、まとめるんじゃなかった」
寿久がスマホゲームにログインする方法は思い付く限り、美少女スマホの胸に触れるしかない。
間抜けに開いた口から、喉を揺らして野太い呻き声を出している。
寿久は心の内で、スマホとはいえ美少女の胸にひと触れでもしようものなら、変な声を出され隣人に誤解を招きかねないし、そうでなくとも責任はとってくださいとか強制許嫁街道まっしぐらな台詞を言い放たれる可能性もなきにしもあらずで……しかし確かに可愛いし、見た目だけなら俺の理想の嫁像に結構近いし、さらには世界初としてスマホと結婚した男になるんだよな……って結婚する前提になってるうぁぁぁぁ、と自身の思考が益体もない脱線をしていて、こんな思考は脳から消えろと脳髄をかち割りたくなった。
そのため傍のちゃぶ台の縁で頭蓋骨に裂傷しそうなほどに激しく額を打ち据え、以降野心に溢れた思考をしないよう自分へ戒めを与えていた。
期せずして軽やかで弾むような電子音がして通知が届いたのを告げた。
寿久は電子音にハッとして、怪訝に美少女スマホに視線を移した。
「邪なことで悩み悶えたって、美少女になってても詰まるところスマホだしな。変な声出されるとか貞操の責任を被るとかいう被害妄想は杞憂だろ」
どうせスマホである、として開き直り気持ちを楽にさせた寿久は、スリープモードで正座でしている美少女スマホの膝の前に膝立ちして、うなじにある電源ボタンを押した。
「クラキトシヒサ、さん額から流血しています。今すぐ処置をした方がよろしいのでは」
「心配してくれるのは嬉しいけど処置は後回しにして、左腕どかしてくれゲームのログインするんだ」
きちんと前口上をしてから美少女スマホの左腕を掴み上げて、スマホゲームの詰め合わせのフォルダに腕を掴んでいるのとは違う手の人差し指で軽くタップした。
「ふにゅう」
寿久は狼狽した。
聞きたくない催情的な絞り出したような声が美少女スマホから飛び出して、ビクッと指を離して硬直する。
「クラキトシヒサ、さんこれは一体……」
朱を注いだ赤面で両腕で自身の肩を抱いて、美少女スマホが事の説明を求める。
事の悪化を恐れ二の句を安易に継げられない寿久は、状況を吟味して覿面な言葉を探したが一向に湧いてこない。
暑くもないのに脂汗を流し始めた寿久に、美少女スマホは心配げに尋ねる。
「汗が過多に出ていますが体調が優れないのですか?」
「そうだね……すごい汗だね」
止めどなく滴る脂汗で寿久の膝の前には塩分を多く含む水溜まりが出来上がっており、うぁぁぁとまたしても頭を抱えて唸った。
ほどなくして寿久の両手がお手上げのポーズで上がり、その手と頭が地面に勢いよく下ろされ、手のひらが床を激しく叩く音に続いて活達に謝罪の文が吐き出された。
関係をこじらせないようにするため寿久がとった行動は、正直に謝ることだった。
「土下座して謝ります。痛いかもしれないのに突然腕を掴みあげてごめん、無断で体に触ってごめん、これから必要最低限しか触らないようにする」
「私はクラキトシヒサ、さんのスマホですので差し支えなくご利用していただきたいのです。ですからそういった制約をあなたの一存だけで定められるのは、不快です」
「でも普通のスマホじゃない、異種だ。特約も仕方ないんじゃ……」
寿久は少しだけ顔を上げて、美少女スマホの表情を窺い見る。
すると美少女スマホの瞳は色っぽい潤いに光って寿久を見つめていた。
つとピンクの唇が柔らかく開かれる。
「ご自由に私で……楽しんでください、ね」
美少女スマホは婀娜っぽく語尾を丸くして、端麗な面貌をぽっと紅潮させた。
寿久はしばらくぼおっーとしていたが、急にわなわなと肩を震わせると、
「そこで頬を染めない!」
と声を張り上げて、途端にすごすご気を落として、理性が壊れそうになるからやめてくれー、と美少女スマホに聞こえない小声でぼやき部屋の隅でしょぼんとうずくまると、その後ろ姿に影が落ちた。
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