第2話「あのさ、なんて呼べばいいの?」などというコミュ障男児みたいな台詞

「あのさ、なんて呼べばいいの?」


 夜の七時半を過ぎた頃、寿久は観る気もないのにテレビのニュース番組を流したまま、正座で充電中の美少女スマホの電源を入れて尋ねた。


「どのこしょうですか? 呼称ですか? 故障ですか? 胡椒ですか? ゴボウですか?」

「呼び方の意味の呼称だ。というかゴボウ混じってたな」

「クラキトシヒサ、さんは脳細胞が故障していますね、うぷぷ」

「故障してねぇよ! そして抑揚のない声で笑うな」


 やっと真面目に考え出した美少女スマホは、ほどなくして自身の呼称案をボイスで挙げていく。


「意中の方のお名前で呼んでくだされば、光栄です」

「意中の方ねぇ、あいにく今はいないな」

「そうなのですか!」


 立ち上がりそうな勢いで、声を弾ませた。


「やけに嬉しそうだな」

「決して、そんなことはございません。常に無感情です」


 またいつもの抑揚のない声に戻して否定し、美少女スマホは取り繕った。

 

「そうだ!」


 寿久は一案閃き、左手のひらを右拳でポンと叩いた。


「何か良案でも思い付いたのですか?」

「ああ、とっておきがな」


 そうあたかも自信を持った笑みで答えて、寿久は通学鞄からシャープペンシルとノートを一冊取り出し、適当に開いたページでペン先を走らせた。

 そこに書かれた文字は、


「倉木 須真保(くらき すまほ)だ、これからお前は倉木 須真保な。お前だけの名前だぞ」

「……」


 美少女スマホは書き記された自身の名前を、込み上げてくる嬉しさに圧され黙りこくり、お前だけの名前だぞ、という台詞を録音できなかったことを残念に思った。後々に部分的に台詞を改変しお前だけの俺だぞ、とかお前だけの須真保だぞ、でリピート再生で聞きたいなぁというノロケな思惑も彼女にはあった。


「ありがとうございますクラキトシヒサ、さん」

「ん? お前のその顔は笑ってるのか?」


 笑みが知らず知らず彼女の口元に湛えられていた。

 寿久に尋ねられ即座にいつもの無表情に戻し、機械的な声で弁明する。照れなのか電力過多なのか彼女は内側から熱くなっていた。


「笑ってなどいません、先ほどの微笑みはクラキトシヒサ、さんの心を読み取りその情報を元にどんな表情をするのが最適かを、計算する自動システムによるものです」

「スマホにそんなハイテクな機能ないよ」

「……やはりあなたは脳細胞が故障しています。早急にスマホ会社へ問い合わせた方が、よろしいかと」

「人間の脳細胞はスマホ会社に問い合わせても、あなたは何を言ってるのですか? って聞かれてアホ扱いされるだけだわ! まさかお前ってSだろ、そうだろ?」


 猛る勢いで問い質してくる寿久に、美少女スマホこと須真保は首を傾げて問い返した。


「私はSかN、どちらの磁力に引き寄せられるのでしょうか?」

「磁力のSじゃねぇよ! サゾかマゾかってことだよ!」


 このあとも寿久は、ことあるごとにわざと突っ込ませるような発言を繰り返す須真保に逐一突っ込んでいたため、126分11秒間幾度となく突っ込みと話題の軌道修正を課せられる羽目になったのだった。途中でやめられただろ寿久!  


 




 









 





 

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