寿久くんのスマートフォンは面倒だが超絶可愛い
青キング(Aoking)
第1話家に突然美少女がいたとしても、それは不法侵入だから
六畳しかないアパートの一部屋が、どこかから迷い込んだ新機種スマホに乗っ取られるという、かのス〇ルバーグも度肝を抜かれる超常現象に、平凡な高校生倉木 寿久(くらき としひさ)はただいま見舞われていた。
彼の目の前にはちゃぶ台の横で胴体が黒く肩から上と下半身だけメタリックなシルバーで、光沢が綺麗な白髪を腰まで届くストレートにして先っちょだけ括った美少女が、背筋真っ直ぐに正座していた。
寿久は億劫そうに眉が隠れるぐらい垂らした前髪を左手でかきあげて、意味もなくその手を離し前髪を元に戻した。
か、可愛い。俺の脳内嫁像をトレースした理想の美少女だ。しかし、なぜここに?
と邪な人物観察を経て後付けに疑問を覚えた。が、寿久はありえんと自分に言い聞かせる。
「こんな妄想垂れ流しな白昼夢見る俺って、疲れてんのかなぁ」
「クラキトシヒサ、さん。一個のアプリのアップデートがあります」
「やはり俺は、疲れているようだ。AIみたいな喋り方をする美少女なんていたら怖いもん、怖すぎて白目剥いて泡吐くわ」
美少女スマホは弾むような軽快な電子音を唐突に鳴らした。
彼女の黒い胴体の胸元の辺りに、メッセージ内容がかかれた通知が現れて数秒ほどで薄れていき消えた。
「なぜ体に通知のバーが? お前の体どうなってんだよ」
「体ではありませんクラキトシヒサさん、私はスマートフォンです。ですから端末と呼ぶのが望ましいかと」
「……ふむ、もしや窃盗だな? 盗ったもん出せよ、抵抗せず正直に出せば通報しないからよ」
腕組をしてさぞかし威厳たっぷりに寿久が言うと、美少女スマホは無表情に首筋に指の腹を当てて押し込んだ。
弾むように出てきたチップらしき物をつまんで、膝の前にそっと置く。
寿久は目を丸くして、彼女の挙動を見つめていた。関わらない方が良さそうな気がする、と本能が悟っていた。
「SIMカードも出さなくてはいけませんか? 無駄にバッテリーを…………」
沈黙。美少女スマホは何も言わず身動ぎもしない。
さっきから彼女が訝しくて堪らない寿久は手を近くで振ってみても反応を示さないので、ぐんと顔を鼻が触れあいそうなほどに接近させた。
「おーい、聞いてるのか窃盗犯。何を盗んだ? 言わないなら身体検査するぞ。今ちゃんと断りは入れたからな、後で痴漢やら猥褻行為やらで訴えんなよ」
寿久の声にも何ら反応せず、身体検査を受ける気でいる。聞き流された寿久も言った通りに身体検索を始めようとした。
そこでふと、チップらしき物を出したのと逆側のうなじに細長い腫れ物があり、それを見つけた寿久は痛がるだろうな、という悪意でつついた。
美少女スマホの黒い胴体が前触れもなく明るくなり、彼の目の前でホーム画面が点灯していた。
「は?」
「残り電池残量が四パーセントです。クラキトシヒサ、さん。私のを充電をしてほしいのですが、お願いできるでしょうか?」
「……」
スマホ所有者の寿久がだんまりになったので、頼み方が悪かったのでしょうと美少女スマホは汲み取って、寿久の意志に関係なく舌足らずなハイトーンにボイスチェンジする。
「お兄ちゃん、可愛い妹のためにエネルギーをチャージしてぇ」
「何から突っ込めばいいか、わからん」
「もぅ、反応してよトシヒサお兄ちゃん」
寿久は自分の目を手で覆って、見えなくする。
「目の前には薄茶の髪をツインテールにした小学五年生の妹が、帰ってきた俺に甘えてきた。可愛い、可愛いぞ。などと心の中では思いつつも、兄という面目のために仕方ないな的な振る舞いで応じている……」
寿久の妄想で脳内にVR空間が生成され、あたかも本当の妹と遊ぶ幸福で筋肉がたゆんだ間抜けな顔をしていた。
美少女スマホから心に刺さる矢のような一言が、気抜けて緩い笑みの寿久に飛んでいく。
「クラキトシヒサ、さんキ・モ・チ・ワ・ル・イです」
「それを言われたら、ぐさりと痛い」
「繰り返します、キ・モ・チ・ワ・ル……」
「防災警報か、繰り返すな!」
美少女スマホはジト目で寿久を見る。
「クラキトシヒサ、さんがこんな見苦しい性癖の持ち主だったとは、まことに遺憾です」
「発端はお前だぞ? ボイスチェンジしたからノッてあげたのに、失礼だよな」
失礼だよな、と所有者に言われて、咎められたと思った美少女スマホは遺憾の理由を彼に聞こえないぐらいで呟いた。
「だって妹キャラに負けて、悔しいですから」
「ボソボソしないで、言いたいことがあるなら構わなくていいぞ、俺のスマホなんだろ」
彼に『俺の』と言われた嬉しさを抑えて、美少女スマホは無表情に公言した。
「はい、私はクラキトシヒサ、さんだけのスマートフォンです。しかし疑わないのですか?」
「まぁな、ホーム画面の背景が両親との写真だからな」
彼の笑顔に、美少女スマホは口元が綻びそうなのを抑止するのが大変だった。
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